理(り)
1.法則。原自然の理
2.ものの道理。理屈。「理に適(かな)う(=理屈・道理に合う)」「理の当然(=道理からいってあたりまえであること)」




なんでもですが、一概には言えませんけど、(り)ってものが、この世の中にはあって、常識、だの、世間、だのは、よくわからないようでわかるような、わかるようで、それがすなわち正解か、となると、それはそれで違うと思うわけで、、、

長々と書き連ね、熱く語ったとしても、人には人の理があります。そして、「こだわり」ってのがあるんですねぇ。
ま、しゃーないわけでして…なにも申し上げることございませんのんよ。

って話でした。

最近いろいろ思うところありけり
ゆえに 語ってみました

人と接し、人の思うところの懐に入ってみましたが、ことばとは伝えなければ伝わらない

また、人とのやり取りのなか、常識、理、に通じて一般話、わかりやすいがあまりに真面目。
真面目に語らないと人はそれだけで判断する…ということか、、、つまり常識人なら安心。

常識人ってなによ?!
怒られない人
怒られる人

粗末に扱われる人
丁重に持ち上げられる人

大事に思われる人
どうでも良いように思われる人

叩かれる人
叩かれない人


なぁーにが違うの?
例えば、
「好きだ、好きだ!!」と言い続ければ、思いは伝わる…
可能性はゼロではない。

でもこれって単純明快で、ことばであって気持ちは永遠に続くとは、、、言いきれない。

私の、ことば 物語は、そんな話ではないんです。
私がことばを恐怖に感じはじめ口を噤み、感情を表に出さず、しまい込んだらいっぱいいっぱいになったから吐き出すための物語。
ただの愚痴?!(爆笑)違うけど、もっと深ーい話。

ことばイコール気持ち
気持ちと心はことば


なんか毎日毎日いろんなことがありすぎて、書きたいものが書けれない。しかも頭まで痛かったし、なにが書きたいか、ちょっとこんがらがってきたがあせるあせるあせる


見ると聞くと知るとでは大間違い、ということ。


今回のケースは、以前から浮上してた問題で解決はできない、無理矢理納得して大人な態度で「事なかり」で終わってしまっては問題が浮上する、といった悪循環を繰り返してるケースだ。
結局、臭いものに蓋をしてやり過ごしたって、また浮上するってことよ。

そのために格言とか、名言とかいった類のものを使ってしゃべっても、前後のストーリーやらエピソードやらがあっての話で、形的にはスマートに聞こえるけど意味が変わる。

わからない人にはわからないってこと。


うーーーーーん、ややこしくなってきたけど、、、
やっとわかった。

心 なんだよね。

これを書きはじめて数ヶ月、
読みなおしてはじめてつながった気がする。

例えば文章ひとつにしても、

「なに?」
「なにかよう?」
「なに、なに?」
「なんですか?」

相手の読みかたひとつで、怒ってる感じに取れる。

そう、それって、、、、そうなんだ。