
『義経神社』
寛政11年(1798年)に近藤重蔵に創建された北海道平取町にある神社。
御祭神 源義経

北海道各地にも義経北行伝説の地が残されていますが、その中心的な存在ともいえるのが義経神社です。
義経北行伝説の元となる話は室町時代に生まれていますが、蝦夷地に渡ったという話が確立されたのは江戸時代だそうです。
義経一行は、三厩(みうまや)で風待ちをしていた後、竜飛から蝦夷白神(現在の福島町)に渡り、さらに北上しアイヌの大きな集落であった聖地ピラトリ(平取町本町)に移り定住し、アイヌの人々からカムイ(神)と尊敬されたというものです。
義経はアイヌの人々と融和し、農耕・造船・機織・狩猟等の技術を伝え、「ハンガンカムイ」という名で呼ばれました。
アイヌ伝承の創造神であるオキクルミの再来とみなされたとされました。



常磐御前(義経の母)と静御前(義経の妻)の石碑

歴史上では、源義経は1189年(文治5年)に衣川館(岩手県)で自害したとされています。
ところが衣川館での自害は見せかけで、義経は実は生きていて東北へ逃れ、北海道まで渡ってきたというのが「義経伝説」です。
史実として全く接点のない平取の地に義経の名を刻んだ神社を建てたのは、源氏を祖とする徳川家にとってアイヌを懐柔する政治的思惑があったのかもしれません。

義経神社イケメン宮司
平取町でのアイヌ文化との融合を図っております。