小さい頃、海が近い事もあって、よく潮干狩りに連れて行ってもらった。

 貝を食べる事よりも、掘り出すことが楽しくて、「帰るよ!」と言われるまで、何時までも掘り続けていた。

 その日も、近所の人に連れられて、近場の海に潮干狩りに繰り出した。

 その日は天気も良く、少し動くと汗ばむくらいの陽気だったと思う。

 バケツと子供用の玩具の鋤を持って知り合いの近くで一所懸命掘っていた。

皆、楽しそうに掘りながら話をしていた。

 私の隣に、青いバケツを持った、麦わら帽子のおじさんが居た。

 そのおじさんが、

 「嬢ちゃん、アサリは取れたか?」と聞くので、

 「少し取れたよ!」

 と、自分のバケツの中を見せた。

 すると、そのおじさんは、

 「おじさんのを見てごらん。もうバケツいっぱいになるよ。嬢ちゃん、少し分けてあげようか?」

 と自分の青いバケツを見せて来た。

 バケツの中には、おじさんが言ったように、アサリが沢山入っていて、もうすぐいっぱいになりそうだった。

 「自分で取ったのを、お母さんにお土産にする。」

 と私は言って、また貝を掘り始めた。

 「そうか、そうか、えらいなぁ〜。」と言うと、そのうちおじさんも、少し離れた場所で、新しいバケツを持って再度掘り始めた。


 遠くでは、近所の人の奥さんが、私達の写真を撮ってくれていた。


 疲れたので、手を休めて周りを見ると、ボチボチ帰り始めた人もいたけれど、さっきの麦わら帽子のおじさんはまだ掘っている。

 (おじさん、もうひとつのバケツもいっぱい取るのかなぁ…あんまり掘ったら、貝が無くなっちゃうよ。)

 そう思って、見ていると、

おじさんの置いている1つ目のバケツの所に何か見えた。

 白っぽくて、少し動いているように見える。

 じっと目を凝らして見ると、バケツの端を手が掴んでいた。

 手はまるで、海の中から出てきたように、下からバケツの端をしっかり掴んでいるようだ。

 周りを見たけど、手の持ち主らしき人は居ない。

 横で貝を掘っているおじさんは、その手に全く気付く様子もない。

 更に見ていると、

その手は、まるで、おじさんの目を盗むかの様に、消えては出て来てを繰り返し、バケツの中のアサリを掴んでは、砂の中に消えて行く。

 

 不思議な光景だったけれど、私はその時、

 (おじさんが貝を取り過ぎるから、海の神様が返してもらいに来たんだよ〜…)

 と思っていた。


 近所の人の奥さんが写真を撮ってくれたのを後で見直して、麦わら帽子のおじさんが写っている写真を見つけた。

 しかも、離れた場所にいる私が、そのおじさんの方をじっと見ている写真。

 (あの時だ!)

 と思って、おじさんのバケツを見るけど、写真には何にも写っていなかった。


 必死に貝を砂の中に戻していたあの手は、一体何だったのだろう。