ことなりのブログ〜幸せなサラリーマンのガゼルパンチ〜

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人生に発見と驚きを。
日常生活にハリと潤いを。

視点の死角から、ガゼルパンチをあなたに。

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世界の発明王 エジソン
戦国時代の覇者 織田信長

どちらも、小さな頃の私のアイドルでした。
本屋に行くといつも読んでいて、なかなか帰らない私のために
両親が仕方なく買い与えた学習マンガ

何度繰り返し読んでも飽きない。

なにが子供の私をこんなにも夢中にさせたのか。

どちらにも共通していたのは、〝常識を疑う〟視点
常識外れが世の中を変えていくそのストーリーに胸を高鳴らせていたのを今でも覚えています。

蓄音機や白熱電球で、世の中にないものを生み出したエジソン

鉄砲を戦場にいち早く取り入れ、戦国の覇業を突き進んだ信長

どちらも、固定観念にとらわれなかったからこそ、その偉業がが後世に語り継がれています。


一方で私たちは今、これまで考えられなかったことが、現在進行形で実現されていく時代に生きています。

・頭に浮かんだ疑問は検索すればすぐ分かります。

・話したい人と、いつでもどこでも話すことができます。顔を見ながら話すこともできます。

・買い物だって、いつでもどこでも買いたいものが買えてしまいます。


発明のスピードが速すぎて、使う側が追いつかない時代と言えるかもしれません。


エジソンや信長のように、世の中を変えるような活躍をしたいと思った時、現代に生きる私たちはどちらを目指すべきでしょうか?


例えば現代で、エジソンのような新しい発明が私たちにもできるでしょうか?


画期的なアイデアが浮かんだっと思った瞬間、すでにサービスが存在しているような時代です。

残念ながら、私たちが現代のエジソンになるには、少し難しい時代かもしれませんね。


今私たちが生きる現代は、インターネットという発明によって下克上がそこかしこで起こっている、
いわば戦国時代です。


例えば印刷業界では、低価格で品質の良いサービスを提供する小さな会社が発展
旧来の体制やしがらみに囚われた既存の企業は衰退していると聞きます。


エジソン、信長 二人の尊敬すべきアイドル


「現代で活躍できるのはどっちか」と問われると、私は信長に軍配があがるのではないかと思うのです。



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陣内智則さん。

皆さんご存知ですよね。
そう、お笑い芸人の。

なぜ今陣内智則??という、全く話題にも登っていない時期ですが、、、

陣内さんの生き様に勇気をもらった隠れファンの一人として、
完全勝手な独自解釈を持って、感謝を表現したいと思います。



陣内さんといえば、映像を使ったひとりコントで脚光を浴び、
数年前には、当時の大女優〝F原N香〟さんとの結婚・離婚で話題に。

今は離婚ネタを武器にTV番組のひな壇前列、もしくはサブ司会者的な位置で
活躍されています。

皆さんは陣内さんについて、どんな印象を持っておられるでしょうか?


まあ、そんなに関心がない。のが本音でしょうか(笑)

そもそも、陣内智則さんは〝成功〟しているのか??
ということが、まず疑問なのかもしれませんね(笑)


ですが、全く無名の大阪時代から見ている無類のお笑い好きの私からすると、今の活躍は
「マジありえない」と思えるのです。


普通のお笑い芸人さんは、例えば学生時代から学校で群を抜く人気者であるとか、
面白い奴といえば・・」で、やはり学校で有名だったりするものです。

明石家さんまさんなんかはよく言ってますよね。
「よーいドン!」で、逆方向に走ったとか(笑)


次に、そんなに目立たなかったけど、知る人ぞ知る「面白い奴」のパターン
全員には認知されないけれど、「面白いやつグループ」の中で、〝面白い〟と認知されている人です。

これは、大半の芸人さんがそうかもしれませんね。
ダウンタウンさんを筆頭に、多くの方が学生時代からの友人とコンビを組んで活躍されています。


あとは孤独な天才タイプ
学生時代に友達がおらず、自分の世界を笑いに変えるアーティスティックなタイプです。

爆笑問題の太田さん、千原ジュニアさんなんかがそのタイプですね。


だいたい、人を笑わせる“お笑い芸人”で成功している人々は
この3つのタイプが多いと思います。

やはり、どのタイプもその〝お笑いセンス〟が学生時代から誰かに認知されています。
孤独な天才も、関わったごく少数の友人兄弟にはそのセンスを見出されています。


それでは逆に、〝芸人で成功しないタイプ〟というのは、どんな人なのでしょうか??
※そもそもお笑い芸人になる気がない人は除外します※



そうです。


面白くない人です。


そう、面白いとは正反対のこの言葉

面白くないと周りに認知されている人は、お笑い芸人に一番向いてないと思いませんか?


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さて、高校卒業を控えた陣内青年は、周りの友達に言いました。


「俺!お笑い芸人になんねん!」


友人:「お前おもんないからやめとけ」


「・・・・・」




次は両親に聞きました。


「俺!お笑い芸人になんねん!」


両親:「お前おもんないからやめとけ」


「・・・・・・・・」




なんと彼は、学生時代に誰からも面白いと思われていなかった


いや、「面白くない」とさえ思われていたのです。



無名の若手時代、大阪の深夜番組でちょくちょく見かけましたが
正直「華無し、芸無し、面白く無し」の3拍子がそろったイメージで、いち視聴者として


なぜ、こいつがテレビに出ているのか??」と不思議に思っていました。


他の出演者は、面白い芸人さんばかりでした。
千原兄弟中川家ケンコバ等々、、、今活躍する早々たるメンバーが出ていました。


しかし、陣内さんだけは、漫才コンビを解消し、ピンになるというときも
絶対に売れることはないだろう」と確信を持っていました。


友人、親、視聴者にまで面白くない」と認知されていた陣内さん。


しかし、私の「陣内は面白く無い」という認識を覆されたのが、ピンになって初めて出場していたコンテスト番組でした。


不覚にも、テレビの前で大爆笑したのを覚えています。


完成度の高いネタ見た目も格好よくなり、ずいぶん変わっていました。


それからは一気に実力が認められ、それからはトントン拍子で出世街道へ。


期待の星から関西若手のリーダーに。

関西若手のリーダーから、全国区のタレントへ。


そして、結婚→離婚→干されて→復活という波乱万丈を経験しつつ
この厳しい芸能界を生き抜いて行かれています。


友人、両親、視聴者、、、、誰も気づかなかった才能

ごく少数の芸人仲間は見出していたかもしれませんが、それを一番理解して信じ続けたのは
陣内さん本人だったと思うのです。


陣内さんに関しては、もともとが超マイナス評価だったので

今の活躍が〝マジありえない〟と感動さえ覚えるのです。


成功するには、周りの環境が大事と言います。


夢を批判する人を「ドリームキラー」と言い、

「ドリームキラー」を周りに置かないことがひとつの成功法則と言われています。


普通の人だったら、〝お笑い芸人になりたい〟という夢があっても、周りの人から〝面白く無い〟と言われ続けていたら

どこかで〝自分は面白く無いんだ〟という風に理解しますよね。


それが、一般的には「大人になること」と教えられます。


だけど、決して彼は折れなかった。
自分の心に正直にあり続けた。


陣内さんには、超天然エピソードがたくさんありますが、天然がゆえの純粋さによって、自分を信じ続けることができたのかな。と思います。


私が彼から学んだことは、まわりにどんな風に思われようと、とにかく〝信じたもの勝ち〟だということ。


成功法則の真実は、自分の心に正直にあり続けること。

これを体現し、目の前で表現し続けている人はあまりいないんではないでしょうか?

少なくとも、私は陣内智則さんの成功法則に勇気をもらった一人です。


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今から約2年前の2013年。


難病と言われるすい臓ガンの早期発見法が開発されました。


開発したのはなんと、当時15歳の高校生だったのです。


彼の発明によって、これまで800万ドルが必要だった検査費用がわずか3セントへ。


14時間かかった検査時間がわずか5分に。


そして、生存率は
5.5%から100%近くへ

さらに、この技術を応用すれば、他のガンやHIVなど様々な疾患に役立てるのではないかと言われています。

「世の中には、とんでもない若者がいるものだ。」と皆さん感心されると思います。

「やはり、生まれながらの天才っているな。」
と思われるかもしれません。


ですが、この少年が成し遂げてきたプロセス、そして彼の語る言葉を聞くと、必ずしも「天才だから」という理由には当てはまらないのではないかと思ったのです。


彼が13歳の時、とても仲の良かった叔父を病気で亡くしました。

病名はすい臓ガン

「なぜ気づくことが出来なかったのか」

インターネットで調べると、現状は彼にとってとても納得の出来るものではありませんでした。

•すい臓ガンの85%は、発症してから見つかる
•発症してからの生存確率は2%
•すい臓ガンの検査費用は、800万ドル
•しかも、30%以上の確率でガンを見落とす。

「なんだこれは?」
「なぜこんなに見つけるのがヘタなんだ!?」

それから彼は、すい臓ガンについて独自に調査を始めます。

インターネットを駆使して調べ始めます。
Googleで検索、そしてwikipediaで情報収集

すると、すい臓ガンになると検出されるたんぱく質約8000種類を納めたデータベースに辿り着きます。

彼はそのたんぱく質を1つ1つを調べあげ、ついに原因と思われる1つのたんぱく質を見つけ出しました。

一方で、学校の授業で関心を持ったのは生物の授業。

「抗体」の特性に注目します。

「抗体は特定のたんぱく質にだけ反応する」

ここで、点と点がつながりました。

発見したタンパク質と、抗体の特性を活かせばこの問題を解決できるのではないか。

彼はついに「すい臓ガン早期発見法」の活路を見出すのです。

そして、実際に研究を行うためすい臓ガンを研究する教授200人にメールを送ります。

200通中、199通には断られてしまいましたが、1通だけ返事をくれました。

そして、研究の場を得た彼は7ヶ月間の研究の末、これまで誰も成し得なかった「すい臓ガンの早期発見法」を開発してしまったのでした。


世の中の人々は言います。
「彼は天才だ!」

「特別な人間が、特別な事をやり遂げた!」と。

さて、彼は本当に「天才」だったのでしょうか?

「生まれながらにして、天才的な頭脳があった」から成し遂げられたことなのでしょうか?

私はこう思います。

彼は、もともとは私たちと同じ「凡人」であったと。

ただ、彼が成し遂げた事が「天才的」だった。

では、私たち同じ「凡人」であった彼が、なぜ15歳という若さでこの「天才的」な偉業を成し遂げられたのでしょうか?

私なりの考えを、3つのポイントで説明したいと思います。

1)固定観念がなかったから

2)好奇心に従い続けたから

3)インターネットがあったから

1つ目は、固定観念についてです。

あなたが今、大切な友人を亡くしたとして、その友人が無くなった病気の原因究明を行おうと思うでしょうか?

私だったらとてもじゃないですが、そんなことは思いもしません。
いや、もしかしたら「うっすらと」そんな発想がよぎるかもしれませんが、「世界中にはすい臓ガン研究のプロフェッショナルがすでにいるのだから、自分のような素人には到底無理だ」とすぐにその発想はすぐに却下されてしまうでしょう。

みなさんは、いかがでしょうか?

私たち大人になるにつれ、いつのまにか考える前に「できない」と決めつけることが多くなっています。

これまで生きてきた情報、知識、経験から、考える前に勝手にジャッジを下してしまう。

この「勝手にジャッジを下している」のが、「固定観念」です。

大人は長く生きている分、子どもに比べて多くの情報、知識、経験を通して学んでいます。

しかし、その情報、知識、経験によって防衛本能としての「観念」を強化していきます。

夢に破れて、傷ついて、「もう傷つきたくない」という思いから、傷つかないような選択を「自動的に選ぶ」という事を無意識の営みとして行っているわけです。

この選択の自動化、オートメーション化は、私たちの心の声である「好奇心の種」を知らないうちに摘んでしまっています。

こうして本当の自分からのメッセージにも気付かなくなり、わずかな可能性については「考える事もしない」という選択をいつの間にかとっているのです。

彼は、そんな私たち大人と比べて「固定観念」が極端に少なかった。
もしくは、強烈な情熱によって「固定観念」の殻を破ることができた。

そう考えます。

2つ目には、「好奇心」をあげました。

彼は13歳から、15歳で生物の授業で抗体を学ぶまでの約2年間はタンパク質の調査に没頭していたのです。

「固定観念」によって、「好奇心の種」が摘まれると言いましたが、彼は叔父の死というきっかけから、色々な情報を知ることによって「好奇心」を増幅させ、情熱を絶やさなかったからこそ辿りつけたのだと思います。

多くの成功者は、やはり総じて「成功の秘訣は、成功するまでやること」と答えます。

「諦めない」と、よく良いますがそれは決して「辛さに耐え続ける」という「忍耐力」とは違うと思うのです。

「諦めない」ためには、「諦めない心」が重要で、その源泉は「好奇心」だと思うのです。

好奇心を信頼し、それに従い、それを満たすことで喜びを感じる。
そして、好奇心に従い続けることで、喜びは増幅される。
その繰り返しが、「決して絶えることのない情熱」を心に宿し、「諦めない心」がつくられていく。

開発されるまでの道のりは、決して簡単な道では無かったと思います。
しかし、「好奇心」に従い続けたことが、結果的に「諦めない心」をつくった。

ですので、この成果をもたらした2つめのポイントに「好奇心に従い続けたこと」をあげました。

そして、最後は「インターネットの存在」です。

これは、彼自身が語っています。

「インターネットがあれば、なんでもできる」

もし、彼が今の時代に生まれてなかったとしたら、ここまで辿りつけたでしょうか?

インターネットが無ければ、すい臓ガンの致死率を知り得たでしょうか?

インターネットが無ければ、すい臓ガン検査の現状を知り得たでしょうか?

インターネットが無ければ、すい臓ガン患者の体内にあるタンパク質のデータベースにアクセスすることができたでしょうか?

そう、インターネットが無ければ、彼がこの偉業に取り組むに至る「発想の種」すら生まれていなかったかもしれないのです。

インターネットが無ければ、彼の好奇心が満たされることは無かったかもしれないのです。

彼は生まれながらにしてインターネットがある世界に生まれ、その可能性を無条件に信じ、最大限に活用したからこそ、15歳という若さで国際的な偉業を成し得ることができたと言えるのです。

彼は言います。

「インターネットを使って変顔をアップロードすることもできる。」

「だけど使い方によっては、世界を変えることもできるんだよ。」