「まぁ、せいぜい頑張って」
私が強がって言うと、彼は呆れたように目を伏せた。何百回も見つめた長い睫毛のさきっちょを私は今までと同じようにじっと見つめた。
今までの習慣も明日から出来なくなった瞬間に、下手な別れの言葉よりも、残酷に気持ちを抉るから恐ろしい。
ほんの7ヶ月前、その指に触れることすら出来なかったのに、今は私はこの人の睫毛の先を不自然なくらいじっと見つめて、話をしている。

愛しい。どうしようもなく、この人が愛しい。
あの小さな家のドアを開いても彼はいない。あの家は私をどこにも連れて行ってくれない。そんな意味がない、弱っちい感傷に浸る自分が許せなくて必死に唇を噛む。
戻らないものに思いを馳せて泣くのは馬鹿らしい。嫌だ。無謀な思いで泣いていたら、これから何百万回泣くことになるのだろう。いまから堪えられなければ、これからに耐えられるわけがない。5年ってそんな長さだ。子供の私は途方にくれる。
大好き、大好き、何百回もあの人の膝の上で思ったことを反芻するたびに涙がこぼれ落ちてくる。本当に習慣って残酷だ。
「さみしいの?」
ぼそり、と彼が言う。分かってるくせに聞いてくる。
「心配はしてない。」
さみしい、たださみしいのだ。
二人でやったソリティアの画面を消すことにさえ抵抗を持つ私がひどいさみしがり屋なのは自分がいやというほど知っている。
スーパーの駐車場で、当たったガシャポンに子供のように大喜びしていた幼い私を見ていたのはだれでもない彼のくせに。
電車のなかでそっと触れた指先を握ってきたやつは誰だよ。私のこと大好きなくせに。
優しい、大好きな彼、どうかずっと私から目を離せませんように。
私は子供だから何回でも願ってしまう。