





今年11月。
思いがけず入院生活してました
沢山のご心配とご迷惑をかけてしまったことを忘れてはならないし、自分に対しても、これからの日常の中でこのことを心に留めておく必要がある、と思って書くことにしました![]()
年齢的にも少しずつ、健康に気を遣うべき時期なのは分かっていたつもりだったが、生活スタイルや仕事量を変えなくては、というところまでは至っていなかった。
心身を忙しくすることで、どこか安心感を得たり、ゆっくりすることが不安だった。
元々ある腰部のヘルニアと、ここ最近の寒さの影響だろうと、数日感じていた痺れ。大阪でのリハーサルに支障がないよう、念の為、整形外科で診察を受けたところ、MRIで脳に影があるとのこと。その日のうちに脳神経内科に緊急入院することになった。
よくある話だけど、病院としては、最悪の結果を「悪ければこうなる」という風に、不安しか抱けない判断をされる。
その時点では、「脳梗塞」の疑い。
意識・言語の障害、手足の麻痺、車椅子、寝たきり…
50代でも若年性と言われる脳梗塞、私まだ30代なのに。
そんなわけない…と思うが、実際右半身の痺れは、時間が経つごとに、思うように動かせない「麻痺」の症状が出てきた。
脳卒中センターの集中治療室を出たころには、箸が持てない、字が書けない、力が入らない…一日ごとに脳、頚椎、胸椎、腰椎のMRI、造影剤、CTなど検査を受ける毎日。
MRIは何だかんだで10回くらい。この1回20~40分の時間がなんだか不思議で、起きているけど「無」な時間に心地良さを感じた。
脳の写真を見る限りでは、延髄に1.2cmほどの影。
こんな小さい範囲で、自分が思うように手足が動かせなくなるなんて、信じられないのと同時に、今まで考えたことも無かったが、健康に心や体を動かせることの奇跡を実感した。大阪でリハーサルをしている仲間の動画などをみながら、とにかく現場に戻りたい、人の元気なエネルギーを感じたいと思った。
10日ほど経ち手足の「麻痺」は変わらないが、その他の症状が進行していないということで、「脳梗塞」ではなく、「脊髄炎」を疑うことに。脊髄から髄液を採取するルンバール(腰からの髄液採取)を2度、脳の指令が手足に伝わるまでの経緯を調べる体性感覚電位を視覚、上肢、下肢と行い、最後に脳波の検査を行った。
同時にステロイド点滴を数日(1クール)。免疫力低下と血糖値の上昇があるので病室で監禁状態になる。今は休むことが必要と言い聞かせながらも焦る気持ちばかり、突然涙が出てきたり情緒もおかしかったな。
「麻痺」の程度は毎日診察があり、いつの間にか左手足にもきていた。車椅子で入浴にいったり、付き添いでトイレにいったり。リハビリでは、粘土をこねたり、小さなビーズを穴に差し込んだり、指先の感覚を取り戻す運動や、筋力低下を防ぐために立ったり座ったりを繰り返す運動、座って負荷のあるペダルをこいだりした。病室では知恵の輪やルービックキューブ、柔軟やお手玉、ボディスラップ(手で体を叩いて音を出す演目→脳の炎症で、叩きたい場所に手をもっていくこと、叩く強さの調整が難しい)も少しずつやった。
病院で言われる「日常生活に支障が出ないためのリアビリ」や「普通の生活」というのが、まだまだ仕事しなくてはいけない年齢、その「仕事」というのも体力勝負なところが大きいので、「普通」では足りないと感じていた。
何より、また仲間と舞台に立ちたい。
リハビリで筋力がついて戻ってくると、精神的にも前向きになってくる。これは発見。病院の空気感に飲まれないように、毎日お化粧して、病院の用意するパジャマは着ず、病院内を歩ける時はなるべく外を意識した。院内のカフェで、お見舞いや外来の方に紛れて過ごすことで、一時的な入院であると思うように。
前回効き目の無かったステロイドの点滴の2クール目に、回復の兆しが見えてきた。朝など、まだ血圧が低いときには、指先が動かしやすく、関節の硬い感じが和らぐのを感じた。片足でバランスをとって立つこともできた。数日前まで柄の太いフォークを使っていたが、箸が持てるようになった。病院での早寝早起きにも慣れ、睡眠もとれるようになった。
点滴に効き目があったということで、概ね「横断性脊髄炎」であることが分かる。(とくに原因らしい原因はなく起こりうる病気で、完治、再発の確率も人それぞれだそうです。)
だんだんと「麻痺」の感覚から「痺れ」に症状が和らいできて、感覚が戻るのを感じ、歩くことに不安がなくなった。付き添いもなく出歩けるようになって、リハビリの頻度も増やせた。体を鍛えることと気持ちを鍛えることの相乗効果。病院の種類や程度によるのはもちろんだけど、前向きでいることが体にも良いというのは発見だ。自分から病人にならないこと。
入院して1ヶ月弱、心配や迷惑をたくさんかけ、それにもかかわらず、支えてくれた方々のおかげで、若干の痺れは残るものの退院できることになった。
退院して、普通に買い物にでたり、乗り物に乗ったり…昨日まで看護師さんたちに見守られ、ケアしていただきながらの生活だったのが、院外であるというだけで、用心することが沢山。
入院中は、「自ら病人にならない」という感覚が、外では「病気であることを忘れない、過信してはいけない」という風に。必ずしも「退院=完治」ではないのと、心配をかけ、支えてくれた人達に再び同じ心配や負担をかける訳にはいかないから。
12月のリハーサルから1ヶ月ぶりに稽古場に戻ることができた。ゆっくりストレッチから参加しながら、粘土をこねてた自分を思い出し、ここに居られること、待っていただけたことに有り難さを感じた。右手足の「痺れ」も大分無くなった。
やっぱり体を動かすことが好きだし、気持ちが良い。仲間たちのエネルギーは凄いし、一緒に舞台で大暴れしたいという思いが、大きく強く、深くなってると実感してる。
絶対に成功させたい舞台。
だからこそ、迷惑はかけたくないし、心配の種にはなりたくない。
葛藤はあるけど、必ず自分らしい答えを見つけます。
自分の体と向き合うこと、支えてくれた人に感謝を忘れないために、これを書き残しました。
そして、今までずっと応援して下さっている皆さん、いつも本当にありがとうございます
また劇場でお会いできることを楽しみに頑張ります!!
新たに始まる2019年を大きな飛躍の年に。
ご期待くださーーい!!


えいり