もし検索して当たった時のために。


・結膜炎(見ればわかると思いますが、目がはれて目やにや涙ぽろぽろ)

・口内炎(ドライフード・カリカリを嫌がり、ウェットにしてもなんか口や喉を気にする)(オエっとしたり、口の中に手をつっこもうとしたり、口のはしっこや頬のあたりを手でさすったり)

・異食症(猫のトイレ砂をなめる、たべる)(貧血のあらわれ)


そんなことがあったら注意。



・よその猫とあわせない

・ペットショップやブリーダー経由だからって安心して検査しないのはダメ、まさしくうちのパターン



まあ、外で白血病猫にさわっちゃった!とかでも


・手を洗う(水道水だけでもウイルスはかなり死ぬ)

・ファブリーズ(除菌)

・でも乾いた状況下では1日もたないらしい(どっかに付着した唾液中のウイルス、とか)



あとは関係ないっちゃないけど


・ペット保険超大事

・大きくなってからもこまめに写真や動画をとる

・「死の瞬間に立ち会う」。。。結構しんどいです、相当な覚悟が必要




くらいで。

詳しいことはもっと参考になるサイトがあるのでそっちで勉強してくださいです。。



結論から先に書くと、(というか詳細はもう書けない、つらい)


ひなは最後、深いため息を1つついて、楽になった。


叫ぶ姿も、息苦しく横たわる姿も、言いたげな必死な瞳も、

私の指をぎゅっと握ったことも、

最後、抱きしめながら旅立たせてあげられなかったことも、

彼女が誰よりも誰よりも大好きだった彼の帰りを待ちながらいったことも、

全て抱えながら、

ひなのいない世界を、私もこれからは生きていく。


ひなは人の気持ちがよくわかる子だった。

だから、あまりに苦しそうなひなを見て号泣するあたしを気遣って

あんまり頑張らず、旅立ったのかもしれない。


ひなは誇り高い子だった。

だから、長患いを嫌い、きっぱりと旅立ったのかもしれない。


旅立ちに、ひなのイメージのオレンジの花束を持たせた。

一緒に暮らした家族(彼、私、くぅ)とひなのツーショット写真を添えた。


花やおやつを彼女の写真に捧げても、ひなは帰ってこないし、食べられるわけでもない。

ただ「こんなに美しく立派で賢い猫がうちの家族にいる」ということを誇るために、

写真を飾っている。

思い切り文字やイラストをキラキラポスカで書きこんでやったら、

なんだかライブのビラみたいになった。ひなライブ。



どこかで読んだ。

ペットは死んだら虹の橋にいって飼い主がくるのを待っているけど、

虹の橋の前に雨降り地帯があって、

そこは飼い主がその子をなくした悲しみや寂しさ、後悔の思いで暗く重たい空気が流れ、

飼い主が流した涙の数だけ冷たい雨が降ってくる。

そこでペットは飼い主の悲しみを一緒に受け止める。雨が終わるまで、ずっと。

ようは人間がウジウジしていると、いつまでたってもペットは報われない、ということだ。


ブログ書きながらまた泣いてしまった。

これ以上泣くとひなが風邪ひくかもしれないから、

詳細を省きました。ごめんなさい。


友人が言っていた。

生き物は生まれてくるとき、何か宿題をもって生まれてくる。

その宿題を解き終えた時、死が訪れ、もっと高尚な存在として生まれ変わる。

(神未満人間より上、とかいってた。天使??精霊??)

ひなは頭がよかったので、ちゃっちゃと宿題を終えてしまった。それとも簡単すぎたか。




ひながいないこと、やっぱりとても寂しい。

でも、生きているものは、精一杯生きていかなくてはいけない。

何より、くぅにとっては、まだこれからが大事な時期。

しっかりしなくては。


ひなー、応援してよねー!





次の日、お見舞いに行くとひなは激怒していた。

「まあ、怒れる元気があるのはいいことです」とお医者さん。

点滴だけで少し回復したらしい。

生きているのがありえないほどの赤血球の数なのに。


しかし、午後の採血でも結果はよくなっていなかった。


あと数年しか生きられないなんて寂しいな、

あと何回いっしょにお誕生日をお祝いできるのかな、

できれば少しでも多い方がいいな。。なんて考えてた。。


甘かった。


もって数週間、とのことだった


ひなが最後に見た景色が大嫌いな病院ではかわいそうだから、

これ以上の治療をやめて家に連れて帰ってあげよう、と彼が提案した。

異論はなかった。

数週間、大好きな食べ物をすきなだけ食べさせて、好きに過ごさせてあげようと。


これも甘かった。


ひなはもう動けない状態だったし、

普通の空気(酸素濃度)のもとでは生きていけないとのことだった。


普通の猫では生きていられない数値でも、もう十分頑張ったのだから、

あまりに苦しみを長引かせるようなら、苦しみの「生」から解放してあげることも

考えなくてはならない、と。


そんなのはいやだ、まだ可能性はある。

瀕死から回復した猫ちゃんだっているって読んだ、諦めたくない。


貧血には「レバコール」を。抗生物質代わりに「マヌカはちみつ」を。

免疫をつけるために「ヤギミルク」を。

栄養豊富でおいしい「ヒルズのa/d缶」

「鶏のレバー」なんかもあった。

a/d缶以外すべて用意してひなを迎えに行った。

驚くほど諦めていなかった。


朝、先生と話すと

動物の医療用の酸素室を貸出しする業者に連絡をとって、自宅に設置してから帰りましょうと。

なんだ、まだひなは帰れないのか。

せっかくだからとひなに会いに行くと、


「にゃあ・・・」


ぐったりしていたひなが、私の声を聴き、そっと立ち上がった。

そして、しっぽをくねくねと波打たせた。

うれしいとき…留守番をお願いして、私たちが返ると、いつもこのしっぽで出迎えてくれた。

おいしいごはんを用意してあげたときも、朝起きた時も、このしっぽで嬉しさを伝えてくれた。


「ぶるにゃあ、にゃあ」

鳴かないでひな、血が足りなくなるから。。


案の定ひなはまたぐったりと倒れ込んでしまった。


家に帰り、酸素室が届き、設置した。

いかにも医療用機器といった独特の白さと、酸素を送り出す音が悲しかった。

悲しいし、怖かった。

私は病院がとても苦手だ。


再び病院へ戻ると、

ダイビング用のものを小さくした酸素ボンベがキャリーにつながれており、

そこへひなが入れられた。


点滴用機材と、更に注射を打つように指示されたけど

あまりに苦しそうに暴れるひなを見て、注射はまたあとでということで、家に帰った。


タクシーに乗るまでは看護婦さんが、降りるときは運転手さんがボンベを運んでくれた。

1人で迎えに来たことを後悔すると同時に、仕事を休めない彼に腹がたった。

仕方ないと分かっていても、どうしようもなく腹立たしかった。

でも彼の職種も人が一人離れるだけで誰かが事故ったり死んだりしてもおかしくない職場だから

しょうがないのもわかっていた。

でもひなはこんなに苦しんでいる。

でも仕事。でも。。

そんな堂々巡りが余計苛立ちを加速させた。



続く?










新入り子猫(くぅ)とも打ち解け、毎日鬼ごっこやお相撲に励んでいた、ひな。

7月半ばのある日、左目が腫れてしまい、怪我だろうとのことで救急でみてもらい、
カラー着用と目薬を。

カラーをしているとごはんが食べづらく、本人もカラーが嫌なせいか元気がなくなったので、
励ますつもりで手から食べさせる。

今思えばここが白血病発症の第一段階だったのだ。

そういえば、ゴキブリが天井にはっついていたので
殺虫剤から守るため彼女に手荒な真似をして無理やり別室に避難させたら
すっごい嫌われたんだよねガーン
必死に許しを乞うたけど…

左目が直ってきたら右目が悪化。両目点眼。
硬いままのフードを嫌がり子猫用のごはんを欲しがるので、赤ちゃん返りしてるのかなと思い
大人用フードをふやかしたり、缶詰をあげる。

同時期に、大嫌いなはずのケージに自ら入っていくようになる。
くぅに追っかけ回されるのがうざったいのかな、と解釈。

少しして、ごはんを食べるとき、口のなかを気にする(痛がる)そぶりを見せる。
動画にとり、かかりつけ医に見ていただく。
「口内炎でもないし、歯周病でもない。熱もないけど、お腹に雑菌がいっぱいいる。下痢にならないように整腸剤と抗生物質を」とのこと。
そうだ、少し前からなぜかトイレ砂を舐める変な癖がついた。雑菌はそのせいだ。
「今日は朝ごはんを食べているので血液検査が正確にできない、薬を飲み終わる一週間後にしましょう」
同時にくぅ血液検査。エイズも白血病も陰性。

私はくぅを連れて実家に帰省。出る間際にひなを抱き締め、不在中を頼んだ。
程なくしてごはんをほとんど口にせず、水だけで過ごすようになったとの連絡。
大好物のささみを辛うじて食べるものの翌朝吐きだしてしまう。
慌てて帰ると、欠かさなかった出迎えはない。
カーテンの裏に寝ており、声をかけると顔を上げて小さく返事をするも元気はなく
触られると小さく唸り声をあげて逃げようとする。
肉球や鼻はもともと黒いので判断つかないが、舌が紫色な気がする…
一週間経ってないけど翌日朝イチで、病院に連れて行くことを決意。

翌日、そのまま入院。
貧血で、血液がどんどん凝固していくとのこと。
ヘマクリット値は既に7だった。動けるのが不思議なくらいだと。

夕方に病院から連絡。
白血病が陽性。
瀕死の状態。
ただ、点滴をうったら少し元気になったそうだ。

惜しみ無く治療すれば帰ってくる、そう思っていた。
しかし調べれば調べるほど絶望した。
涙が溢れた。
あの時の沈み行く太陽とセミの声は一生忘れない。

外にも出さなければくぅ以外の他の猫とも接触していない。
くぅは感染源でないことがわかっているし。
ショップからの子なのに。

朝方まで闘病記などを読み込む。
また四人で暮らしたい。
その一心。








続きます。
愛娘、ソマリのひなは
一歳五ヶ月で
旅立っていきました。
白血病でした。
あっという間でした。


落ち着いたら、また書きます。