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銅像のススメ~めざせ次世代観光カルチャー~

観光名所は二の次、「銅像」主体の紀行をテーマにしたブログです。
男の観光カルチャーであった「歴史見聞」「鉄道」も今や 「歴女」「鉄子」が出現するブームになっております。
ならば、銅像好きの女性「銅女(ドウジョ)」が生まれるようなブームを作り出しましょう

何度も訪問している埼玉県 岩槻ですが、訪問する度に 新たな発見があるので面白いです。

関東甲信越に11体建立されている太田道灌公の銅像ですが、岩槻 芳林寺にあるのは、唯一 甲冑姿の
騎馬像です。

太田道灌
場所:埼玉県さいたま市岩槻区 芳林寺
作者:富田憲二・山本明良
建立:2007年


芳林寺専用の駐車場から見る景色です。
建立当時(2007年)にはまだ柵はなかったと記憶していますが、整備されてきております。


この騎馬像の作者は 世界的に著名な 富田憲二・山本明良氏(彫刻工房 十方舎)によるものと説明がありました。
 
金の太田桔梗紋が目立つ正門の左の入り口から入ると 武将の座像が見えてきます。



太田氏資
場所:埼玉県さいたま市岩槻区 芳林寺
作者:富田憲二・山本明良
建立:2003年

北条氏が関東の覇権を握っていた頃に名将として知られていた 太田資正(三楽斎)の嫡男。
太田道灌の昆孫にあたります(玄孫の孫が昆孫と調べて知りました。)

父・資正は反北条氏として活動していたが、太田家存続のために、一時、北条氏に臣従します。
ところが北条と敵対する上杉謙信に呼応し、再び反旗を翻すことになります。
氏資は、そのような動きをする父を追放し、岩槻太田家の当主となる。
北条氏康から「氏」の名前を与えられたことから、信頼を置かれていたと思われる。

氏資像の視線の先には、尼さんの座像が見えます。

芳林春妙禅尼
場所:埼玉県さいたま市岩槻区 芳林寺
作者:富田憲二・山本明良
建立:2004年

太田氏資の母で 当山の開祖。


そして、芳林春妙禅尼の像の後方に もう一体銅像がありました。
あれ?? 今まであったかな?

しかも 鷹狩姿の武者像です。まさか・・・・

そのまさかの 鷹狩姿の銅像といえば、銅像ファンにはお馴染みの 太田道灌でした。

太田道灌
場所:埼玉県さいたま市岩槻区 芳林寺
作者:富田憲二・山本明良
建立:2014年

等身大ではなく、少し小さい銅像でした。
冒頭でも説明していますが、関東甲信越に太田道灌公の銅像は私が知る限り11体でした。
これで12体目の銅像ということになります。
(東京 山王日枝神社 宝物殿内にある銅像は省く)


笠に手を当て遠くを見つめる姿の銅像は、また新たなデザインです。









そして、岩槻には、もう1体の太田道灌像はあるので、お決まりの如く見に行きました。
(これは、数年前に見に行ったときの画像)
旧岩槻区役所前

旧区役所は・・・・・ あれ? 区役所移転に伴う建物解体工事???
というか建物がすべて撤去されてしまった後の状態でした。
当然、入り口前に建っていた太田道灌公の銅像もありませんでした・・・・。

調べたところ、跡地に平成32年(2020年)目途で岩槻人形会館の建設を計画しているが、地元と調整が難航しているとか?

区役所前の道灌公像があった付近の歩道には、小さな雛人形の銅像がありました。

またいつか道灌公像に会えるからまた来てね!!と言われている気がして ほっこりした気分になりました。

※念のため、駅前や岩槻城址公園駐車場も見に行くがなし・・・・。 まさか銅像まで解体したということはないだろうけど・・・。またお目にかかれる日を楽しみにしております。

撮影日:2015/7/19