若いころ、自分はどんな人間になりたいと思っていたのだろう?
当時のことを思い出したいのだが、漠然としている。
こらは単に記憶が薄れたからなのか、それとも当時深く考えていなかったのか。
どうも後者のような気がする。
「考えていなかった」と言うより、「考えが及んでいなかった」とか、「分かっていなかった」という方がしっくりくるかもしれない。
すっかりおっさんとなった今では自分がどうなりたいか、どんな生き方をしたいかは明確にあるのだがこれは年を取ったからこそ言える事だろうな。
ずいぶんと時間がかかってしまった。
若いころから自分の未来をしっかりと見据えて行動できていれば、今は違う人生を生きているのだろうか?
今の生き方は気に入っているし、後悔などというつもりは全然ないのだが別の活き方にも興味はある。
いつくらいから自分の活き方に信念を持つことができたんだろう?
論語の中のよく知られたフレーズに「四十にして惑わず」とあるが、迷わなくなったのはまさにそれくらいからだった。
それまではかなり迷いがあった。
若い人たちと多く接していると、私と同じように多くの迷いを抱えている人がほとんどのように感じる。
自分の立ち位置やそこからどこを向くかが自分で分からずに困っているように思える。
我々オトナはそれを俯瞰して見ることができるが、当の本人たちは苦しいだろうな・・・
俯瞰して見るだけではちょっと卑怯だな。
自分が若いころ、当時のオトナたちにこのような言葉をかけられた。
「大人になれば分かるようになる。もうすこし成長すれば分かる。」
これってどうなんだろう?
言葉の意味は理解できるが、それって納得できなかった。
実感が全然わかないし、そもそも「今」の悩みの解決になっていない。
問題の先送りだ。
「とにかく自力で這い上がって来い、ただしそのために力は貸さんが」、そいうスタンスが見え隠れしている。
これは「自分もそう教わったから」、なんていう根性論や精神論的な投げやりな考え方が根底にあるんだろうな。
今の若い人たちが一番嫌うのがコレ。
こういうことは確かにオトナにならないと分からないかもしれないが、それだけ言われたところで釈然としない。
今は分からずとも、近い将来に解決するだろうという「手応え」くらいは欲しいところだろう。
さすがにそれは与えていいんじゃないの?
その時点での解決にはならなくとも、「手応え」を得られるようなアドバイスなり仕組みなりをオトナが用意してあげることは必要だと思う。
一方、若くして確固たる信念を持ち目標に向かってどんどん進む人もよく見るようになったと思う。
これはここ最近で感じるようになってきたのだが、実際はそうでもないんだろうな。
昔から一定数はいたはずだよな。
しかし、「最近で感じるようになってきた」ってのもあながち間違っていなうように感じる。
実際は多くのメディアで目にするようになってきた。
私の若いころはYouTuber なんてものは存在していなかったし。
彼らは若いのに信念を持って行動して、しっかり稼いで、おそらくは好きなことをしているんだろう。
すごいな! 純粋にリスペクトしたい。
私は学校を卒業して自身に信念を持てるまでかなり時間がかかった。
20年近くか?
だからと言って、今の若い人に「信念を持つには20年待て」なんてとても言えない!
それはあまりにも酷だし、何より自分自身の不勉強をアピールする愚かな行為だと思う。
「四十にして惑わず」はどうやら多くの人にもあてはまるらしい。
周囲の同年代にそういう人は多い。
しかし、それがもっと早まれば迷わなくなってからの時間をたくさん持つ事ができるよね。
そうなれば人生はもっと充実するはずだし、それって可能だと思う。
前述の若くして信念を持っている人には共通点があると思う。
それは「アウトプット」をしていること。
常に自分を「試している」こと。
そして、今はその「アウトプット」や「お試し」がとてもやりやすい時代。
思ったその瞬間に世界中に発信することができる。
若くしてインフルエンサーになれた人はたくさんいる。
環境はそろっているのにそれを娯楽や「いいね」欲しさだけに使うのはもったいないなぁ。
アウトプットは必ず信念にたどり着くのに。
ただ、SNSやブログで何を発信すれば信念にたどり着くのか?
そこが若い人たちにとっては難しいんだろうな。
若い人が普段思っていることをいかにして「文章化」しやすくするのか。
まずはココの仕組みつくりをするのが我々オトナの役割なんだろうな。
もっとも、そういうノウハウも確立されているのが現代。
昔はこれも手探りだったんだろうな。
ホント、いい時代に我々は生きている。
さらに「ビジュアル化」して影響を与えたい人に直接「表現すること」まで持っていければ、若い人たちの成長は確実に加速する。
近道ってあると思う。
それは決してズルいことでもなんでもない。
20年なんて待つ必要はない。