3月、4月ごろ、本当によく、元ダンナ様のことを思い出しました。
3月の仕事量が、2年前の3月と同じぐらい、例年より忙しいことが、起因しているのかもしれない。
ほかの会社でもよくあることだとは思うけど、私の仕事は、3月が一番のピークで、毎年4月から2月は「来る3月」を迎えるための11カ月だったりする。
確かに、唯一人妻だった2年前の3月…あの年はハチャメチャに忙しくて、月~土は連日終電まで仕事、日曜日も2日ほど休日出勤をしていたような…。つまり月2休!
それに甘えて、私はダンナ様に許可を得て、ゴハンの用意は免除していただいた。3月まるまる。
しかし、そのことが→何もやってくれない嫁→料理もしてくれないで愛を感じられない→どれだけ仕事が大事なんだよ→オレは何のために結婚したんだろう→→→「もうオマエのこと好きだと思えないから別れよう」
につながったんだろうことが、私の中では明白で。だけど君はパートね、私は正社員ね、仕方ないことだったと私は思うんだけど。
という価値観の不一致が、原因なのか。うん、そうだよね、彼は嫁には母親役を求めていたんだもんね。
彼の母親。私から見たら姑、義母。
そもそも、元姑と私は、通常時にはとても仲がよかった。相性もよかった。趣味の話や過去の話、仕事やテレビの話も全部すんごくいい感じだったんだ。もちろん多少の気遣いはお互いにあったと思うけど、それでも良好な関係と言ってよかったと思う。少なくとも彼の姉(姑の実の娘)が嫉妬して意地悪してくるくらいには、仲良しだった笑
しかし、そこにただ一つの要因、「元ダンナ」が入ると、嫁姑戦争勃発!
義母も私も愛が深すぎて、奪い合ってしまったのだと思う。私もね、もっと引ければよかったんだけど。あの親子の共依存に気づいていたのに、「オホホ、彼の妻は私ですのよ」って意地になってしまっていたよね、残念なワタクシ(TдT)
と、過去のぐじゃぐじゃはいいとして、久しぶりに元姑の夢を見た。
今までも、元ダンナの夢は見たことがなかったけど、元姑は結構出てきたんだよな。
今回の夢では、すごく楽しそうに話している姑と私がいた。話の内容は覚えていないけれど、当時の様子を再現したかのような、穏やかな家族の会話っぽい感じ。
やけに印象に残ったので、インターネットで「元義母 夢」と検索してみた。
ドンピシャで「元義母」っていう項目がヒットしたのが驚いたけど、これも離婚の多い今なら頷けるエピソードなんだろうか…とにかく占いの内容は、結構よい感じで、まさに吉夢!
わーい、幸せになっちゃうぞー!と思っていました。
だのに最近、仕事上の嫌なことでココロを病んでいて、どうしようもないので、とにかく部屋の掃除をしてみました。結構気分転換になったかも!そして片付いた部屋はやっぱり気持ちいい!これをキープして、新しい出会いに備えたいと思います♪
無事にこの日を迎えられました。
涙ながらに区役所へ向かったあの日。
区役所の看守さんに「これからも頑張ってな」と言われたあの日。
あれからちょうど一年か~(*゚ρ゚)
毎日毎日泣いて、悲しかったり悔しかったり腹立たしかったり恋しかったり、それはそれはいろんな思いを抱えながら生きてきました。
周囲の人にもたくさん話を聞いてもらった。同じことを何回でも嫌な顔をしないで話を聞いてくれた家族、同僚、友達たち…みんなには本当に幸せになってほしい!
次は私がみんなのこと支えるからね!
そして、最近新しい恋人とやらもできたけど、それはあんまりいい恋ではないというか、インスタントな感じで…でもそれはそれで大切にしていこうかと。とりあえず、彼も私の離婚からの立ち直りを支えてくれたうちの一人なので。
あきとはあれから連絡も全然とってないし、あきにまつわる人たちともおかげさまでかかわらずに生きられています。土日に梅田に行くときには若干ヒヤ ヒヤしながらも…でもこうやって気を張っているときには会わないのよね、忘れたころに「プギャー」が起こるのだと、36年も生きてれば知っていますから、大丈夫です。梅田に行くときには一生ヒヤヒヤするから、もう二度と会わなくて済むはず!笑
まだ、離婚当時に書いたブログは自分では恥ずかしくて読めないけど、いつかネタにできるようにと思っています。こんなに悲劇のヒロインになっちゃってたよ、てへへ(*ノω・*)ってね。
涙ながらに区役所へ向かったあの日。
区役所の看守さんに「これからも頑張ってな」と言われたあの日。
あれからちょうど一年か~(*゚ρ゚)
毎日毎日泣いて、悲しかったり悔しかったり腹立たしかったり恋しかったり、それはそれはいろんな思いを抱えながら生きてきました。
周囲の人にもたくさん話を聞いてもらった。同じことを何回でも嫌な顔をしないで話を聞いてくれた家族、同僚、友達たち…みんなには本当に幸せになってほしい!
次は私がみんなのこと支えるからね!
そして、最近新しい恋人とやらもできたけど、それはあんまりいい恋ではないというか、インスタントな感じで…でもそれはそれで大切にしていこうかと。とりあえず、彼も私の離婚からの立ち直りを支えてくれたうちの一人なので。
あきとはあれから連絡も全然とってないし、あきにまつわる人たちともおかげさまでかかわらずに生きられています。土日に梅田に行くときには若干ヒヤ ヒヤしながらも…でもこうやって気を張っているときには会わないのよね、忘れたころに「プギャー」が起こるのだと、36年も生きてれば知っていますから、大丈夫です。梅田に行くときには一生ヒヤヒヤするから、もう二度と会わなくて済むはず!笑
まだ、離婚当時に書いたブログは自分では恥ずかしくて読めないけど、いつかネタにできるようにと思っています。こんなに悲劇のヒロインになっちゃってたよ、てへへ(*ノω・*)ってね。
新居に越してきてもうすぐ2か月。家の中もさすがに落ち着いてきたし、何より自分の気持ちの整理もかなりついてきた気がします。
というわけで、そろそろ住所変更の連絡を年賀状をくださる皆さんに出そうと思ったけど、今年の年賀状は恥ずかしげもなく2人のどアップ写真で送りつけたから、やっぱ離婚に触れないわけにもいかないかな…と、ネットで見つけた「離婚のお知らせハガキ」なるものを使ってみましたσ(^_^;)
会社の上司に開いていただいた結婚パーティーに来てくれた皆様、うちの両親主催のお披露目会に来てくれた親戚のおじさん、おばさん、はたまたほぼ年賀状しかやり取りのない先生や旧友…みんなに心を込めてお詫びと懺悔と感謝を綴りました。
「もう二度とこんな思いをしなくて済むように」と決意を新たにするにもいいきっかけとなったような(^з^)-☆
久しぶりに今年の忌まわしい2ショット年賀状を見たけど…ケータイの待受にするほど気に入ってた写真だったのに、もう懐かしさもなく、あれ?あきってこんな顔だったっけ?と本当に思い出せなかった。
離婚を切り出してから向こう、あきは日に日に他人を見る目になっていったから、まだ優しかったときの顔は私の記憶から消えたのかもしれないね。
私はこうしてちゃんと過去を清算して前向きに頑張ってるのに、最近あき宛の郵便物がうちに転送されてきました。あれだけ言ったのに、あきは転送届を出していないのか、それとも局員が転送先を貼り間違えたのか…
またポストにぶち込んでやったぜ‼またうちに転送してきやがったら、次こそは郵便局に「転送先不明だからって別れたダンナの郵便物をうちに送ってくるとは何事だ⁉」と怒鳴り込みますとも(-_-#)
私からあきには絶対直接コンタクトはとりたくない。このこだわりが消えない限りは本当に吹っ切れたことにはならないのかもしれないけど…でも嫌なものは嫌なんだもんっ♪
でも…とにかくもう転送、来ませんように(。-_-。)
というわけで、そろそろ住所変更の連絡を年賀状をくださる皆さんに出そうと思ったけど、今年の年賀状は恥ずかしげもなく2人のどアップ写真で送りつけたから、やっぱ離婚に触れないわけにもいかないかな…と、ネットで見つけた「離婚のお知らせハガキ」なるものを使ってみましたσ(^_^;)
会社の上司に開いていただいた結婚パーティーに来てくれた皆様、うちの両親主催のお披露目会に来てくれた親戚のおじさん、おばさん、はたまたほぼ年賀状しかやり取りのない先生や旧友…みんなに心を込めてお詫びと懺悔と感謝を綴りました。
「もう二度とこんな思いをしなくて済むように」と決意を新たにするにもいいきっかけとなったような(^з^)-☆
久しぶりに今年の忌まわしい2ショット年賀状を見たけど…ケータイの待受にするほど気に入ってた写真だったのに、もう懐かしさもなく、あれ?あきってこんな顔だったっけ?と本当に思い出せなかった。
離婚を切り出してから向こう、あきは日に日に他人を見る目になっていったから、まだ優しかったときの顔は私の記憶から消えたのかもしれないね。
私はこうしてちゃんと過去を清算して前向きに頑張ってるのに、最近あき宛の郵便物がうちに転送されてきました。あれだけ言ったのに、あきは転送届を出していないのか、それとも局員が転送先を貼り間違えたのか…
またポストにぶち込んでやったぜ‼またうちに転送してきやがったら、次こそは郵便局に「転送先不明だからって別れたダンナの郵便物をうちに送ってくるとは何事だ⁉」と怒鳴り込みますとも(-_-#)
私からあきには絶対直接コンタクトはとりたくない。このこだわりが消えない限りは本当に吹っ切れたことにはならないのかもしれないけど…でも嫌なものは嫌なんだもんっ♪
でも…とにかくもう転送、来ませんように(。-_-。)
