自分の考えることなんて
おおよそ自分のものでしかなく
その範囲を超えることはない。
環境という檻に左右される
それ を
私には到底壊すことは出来ないだろう。

だれかに、衝撃を与えるほどの
力もなければ
だれかの心を揺るがすこともない。

私が今生きているのは
もちろん、皆様のおかげだが
私の、生きたいと願う、または望む力だ。
それならば、私は、ただひたすら私のために生き、私のために死んでいく存在だろう。

私がこの世に生きていていい理由とは、唯一私が生きたいと思っているからに他ならない。

んー、なんだかなあ。
母は介護の仕事をしている。
もう、十五年くらいやってるいるか、それ以上かもしれない。
うちのばーさんがボケた話は前に書いたのだが、あれから更に、進行していた。
最近では、食べた記憶が飛んでしまっているような有様だ。
インフルエンザで寝込んでいる私の部屋のしたから、怒号が聞こえる。
『ご飯よ、ご飯。何回言えばいいの?聞こえないんだから、耳(補聴器のことね)ちゃんと入れとかんば!!!!!』

仕事柄、ボケ老人や果ては寝たきりの人まで相手にしている人間も、流石に身内、しかも自分の母親となると、なんともやるせないというか、やりきれないというか、複雑な心境なんだろうな。

しかし、かーさん。
そんなことも受け入れて、対応していかないと、ただでさえ既に壊れている体だ。あなたのほうがまいっちまうよ。

歳を取ると、人の意見を聞かなくなる。周りが見えなくなる。
柔軟さに欠けてくるとは思うよ。

だけど、柔軟性は持っていないとね。

頑固一徹やってきた人間には
難しいかもわからんが。
仕事では、出来るんだから。