あの後、岡っ引きが騒ぎ出したが、面倒事は御免だと早々に宿を立ち去った。
今からでは宿をとることが出来ないので、三人は夜色を見ることとなったが……。

「わたくしの名は桜と申します。生前は月影城に居りました」

桜唇が発する言葉に何とも複雑な気持ちになる悠助と勒七。

「わたくしはずっと待っておりました。悠助様が羅刹の存在を信じて下さるのを」

二人の気持ちに気づくことなく、声を弾ませる桜。

「羅刹を信じることが、鍵だったというわけだねえ……」

直ぐに何時もの飄々とした雰囲気に戻った勒七が呟く。

「はい。勒七様の仰る通りでございます」

呑込みの早い勒七に桜は顔をほころばせる。

「何故……俺達の名を知っているのだ」

未だに混乱しているのか、些か外れた質問をする悠助。
思わずため息をつく勒七。

「姫さんは“桜姫”としてずっと傍に居たじゃあないか。知っていても不思議じゃないだろう」

その通りと言うように首を縦に振る桜に、お前の主人は誰だという理不尽な言葉が悠助の脳裏に浮かんだ。

「其よりも羅刹の事を教えておくれよ」

その言葉によって、浮んだ言葉は闇の中に消えていった。

「羅刹は、わたくしの最愛の方が鬼となってしまったものです。本来の名は蒼黒丸(そうこくまる)。

斬っただけでは、羅刹は再び現れます。完全に倒すには、悠助様のある想いとあるものが必要なのです」

「それは何だ」

「教えることは出来ません。悠助様が気付かなくてはいけないのです」

首を横に振って言う桜に、悠助は口を噤んだ。