カレーナの カルマ飛び越え観音への道 -7ページ目

カレーナの カルマ飛び越え観音への道

新月&金環日食の日にブログ開始
思い出そう~本当の私を



今日かおりんと徳島に続き

地球マカバを動かすためのエネルギーの柱を立てに

伏見稲荷に行ってきた。




かおりんが言うには

柱を立てるのに最適な地は福井で

伏見稲荷の重い陰のエネルギーを反転させて

福井に飛ばすのだそう。




その飛ばすのが私の役目で

アイーナ由来のツール

フラットマシーン(通称ドーナツ)に頑張ってもらった。

かおりんブログ伏見稲荷行ったよ 柱立てたよ




又、今は地球の地軸がズレているそうで

柱を立てることで元に戻るという。

リーンさんブログ地球マカバと地軸





マクロはミクロ、人体マカバも然りで

8月にライネライトの松村さんから

「24本エーテリックDNAアクティベーション」 を受けたとき


体の外側には天(高次)から繋がる柱が左右にあり

それぞれの柱には4つの玉が付いていると教えてもらった。




この4つの玉は最高密度の結果であり

4本の柱に呼応するんだと思う。




松村さんの話では、4つの玉に繋がるエネルギーが

完全な人は殆どいないそうで




柱を立てることで地軸が元に戻り

人体へのエネルギー供給が円滑化し

マカバ(ライトボディー)の活性化にも繋がるんじゃないのかな。






ということで、伏見稲荷へ。




キリッとした狐さんの狛犬がお出迎え。







本殿裏、小さな鳥居が奉納された願かけ鳥居。

一つ一つの鳥居小さくても重~い。

ドーナツを発動させたら

陰陽エネルギーが白黒となって回るイメージ。

ドーナツはそのまま置いて、次へ。





空を見たらツチノコみたいな雲が。

徳島と同様、白と黒~。



納札所にも黒ドーナツを置いて

私とかおりんのお腹周りにも浮き輪のようにくっ付けた。

歩きながらエネルギーを吸収してくイメージ。




日向ぼっこする八嶋ヶ池の亀さん達。

後ろ足がめっちゃラブリー。




千本鳥居の前にも茅の輪くぐりみたいに

黒ドーナツを立てて置いといた




奥社奉拝所。隣には「おもかる石」

ここも重かった~。鳥肌立ってたし。

上に黒ドーナツ浮かべておいた。





見えないけど、上でくるくる回るドーナツ。

暗い中にも光あり~。



段々軽くなってく。




一望~。



歩きながら、ザワッとくる所とか

要所要所にミニの黒ドーナツを撒きながら歩いた。





半分白で半分黒の月。




最初の白黒ツチノコの、比率が逆転したみたいな雲。



四ツ辻を超えて山の上へ。




頂上から下まで黒ドーナツを伸ばして行き

置いてきたドーナツを回収しながら

戻して、エネルギーを反転させた。




陰の黒が根源の黒と重なり、反転して白金になったイメージ。




それをフリスビーのように福井に飛ばしたら
プラチナの円盤が飛んでくみたいに感じた。




最後に金のドーナツを浮かべて

お腹に巻いてた私達のドーナツを回収して福井に飛ばした。

先に飛ばした円盤と合体してるはず。




結果は

かおりん曰く、白い柱が立ったよ。


良かった、どうやら無事に終わったみたい~。





降りる途中で見た、白黒のネコ。

行きにも見た別ネコは、黒が主体の白黒だった。



雲といい、シンクロが面白い~。




帰りはとにかく軽くて

るんるんしながら降りてきた。





水芸でもしてるような、眼力社の狐さん。

手水舎ごとカメラフレアに覆われている。

軽くなって光がスッと通ってる感じ~。



ドーナツことフラットマシーンは

生きてるツールで



エネルギーを吸収し、回転しながら

真ん中のゼロポイントで根源と繋がり、反転させてくれる。



エネルギーを変えたというよりは

違う側面を引き出してくれた、という感じかな。




柱立ての大詰めは12月で

片道5時間かけて宍道湖なんだそう。




その前に来月

リーンさん達が3本目の柱を立てるのかな。




Eさんは的確にコンピューターを駆使して予見もするし

みんなスゴイわ~。

それぞれの得意技で連携してるんだね。




柱を立てることで、軸のズレにより

根本的な陰陽のバランスが崩れてたのも、修復されてくと思う。




どうなってくか楽しみだわ~。



サエスニック師匠のブログを読んだ。

宮島ワークショップ ご報告




醜いバケモノの自分が居る世界とは
4次元との境に自分たちが創った想念場で

幽界と言われている所だと私は感じた。



で、そこに意識を合わせてみたら

なにか真っ黒な塊が見えて


いやだなぁと思いつつ、もっとフォーカスすると

やっぱりそれは自分だった。




私を創っておきながら

こんな汚くて醜い私のままで放置している。

そんな神なんか信じない、誰も信じない。

この自分しかいないんだ、という想念が

自分の中心へと凝り固まって、手足も無い黒い物体となっていた。



でも、そうやって否定しながらも


私がもっと哀れで悲惨になったら

今度こそ神は救ってくれるかもしれない、愛してくれるかもしれないと思い


こうやって神を試す私はやっぱり醜いんだ

愛されるわけが無いと、エンドレスに思考が輪廻して

黒い塊が負の根源みたいな感じになっていた。



そしてその負の根源とは 「恐怖」 で

分かりやすい 「怒り」 で外側を覆い武装していた。

怒りをぶつける方が楽だ、自分の恐怖を見るよりは。

そんな感じで。



そして気付いた。



黒い塊となった私の姿は、存在だけが全てのエゴが

死んだら無になってしまうという恐怖から

どんな形でもいい存在し続けていたい、という思いの現れでもあったと。




生存本能が死を恐れるのは

文鳥のサンちゃんの逝き方を見ても分かる。



病気の苦しさも無く、意識もはっきりしたままで

まだ覚悟が出来ていないのに、死へと移行する恐さ。

それはサンちゃんの魂レベルの話ではなくて

現界の、動物の本能としての恐怖。



でもそれを超えてでも、会いにきてくれる。



文鳥に限らない、みんな

そんな恐さがあると分かっていても

彼らは何度も生まれてきては

自然の一員として、私達と地球とを繋げてくれている。



私のために、あなたのために。

それはもう、愛だから、としかいえない。




それは私の次元上昇もそうだ。

二重螺旋の宇宙で、低位からアセンションする私と

デセンションしてくるそれぞれの次元のハイヤーセルフ。

波動の違いで痛みや苦しさを伴っても、やり遂げようとここにいる。


それも、愛だから。 存在そのものが愛だから。


黄金人類もツインレイも

DNAを種まきして次に繋げるのも、それも同じこと。




しばらくそんな事を思いながら

黒い塊の自分を見つめていたら

塊の奥深くに、一点の光がチラチラと

消えそうになりながらも瞬いているのが分かった。



あ、光があるっ!



そう認めた瞬間、光が触手のように伸びだして

すごいスピードで血管のように広がっていき

黒い塊も人型へと姿を変えていった。




でもその光は広がっていくだけで

闇を光に変えたわけじゃない。



ただ「在る」という状態が、闇と光を繋げている。




黒い私は、この温かさ、気持ちよさは何だろうと

自分の中から出てくる熱に葛藤しているように見えた。



そしていつのまにか

自分の体を抱きしめるようにして、また塊となっていった。




最初に見たのも黒い塊で

最後に見たのも黒い塊。



でもその波動は確実に変わっていて

黒い塊がいる場所はもう、前とは違うだろう。



私はただその存在を認めただけだけど

これでいいんだと思う。



苦しいとか辛いと感じたなら

それを否定せず、ただ認めればいい。


ネガティブを押し込めて蓋をし続けても、同じ力で反発し

いずれ向き合う時が必ず来るから。



創られたエネルギーは消えることは無くて

幽界はその想念の産物だ。


幽界自体がどうなるのかは

関わっているそれぞれの集合意識しだいで

見方が変わり意識が変われば、波動も上がり

その創られた世界自体も変質していく。



今、色んな次元で

その変質が始まっている。




今回、師匠が焦点を当ててくれたから

こうやって書くことが出来た。

普段は師匠扱いしてなくても、本当は尊敬してます。


師匠、ありがとう~。 



昨日

シナモン文鳥のサンちゃんが旅立った。



もうすぐ10歳になるお爺ちゃん鳥で

老衰のため少し弱っているもののまだまだ元気だった。



でも、皆既月食の8日に、急に鳴き声が変わり

いつにもまして構ってと主張しだしたので

そろそろお星様になる準備をしているのかも、と覚悟はしていた。



東京で一泊して帰ってきた私に、娘が

昨日は餌も水も受け付けずどうしようかと思ったけど

今日なんとか持ち直したよ、と言う。



くちばしの色も良くなり、自分から私の掌に乗ってきたので

しばらくサンちゃんとおしゃべりした後、そっと壺巣に入れてあげた。



その後台所仕事をしていたら、バタつく羽根の音と

恐い時に出す泣き声が聞こえたのですぐ駆けつけた。



掌の中で怯えて鳴く子に

大丈夫、お母さんはここにいるよ、恐くないよ、と話しかけ

最期な気がして



ありがとう、サンちゃん愛してるよ。

お母さんとお姉ちゃんの所に来てくれてありがとうね。

みんな待ってるから、恐くないから。

ありがとう。サンちゃん、ありがとう。



頬ずりし、繰り返し囁くうちに

安らかにサンちゃんは帰っていった。



ほんとは10日に行こうと

決めていたのかもしれない。



でも私が帰るのを待っててくれた

そんな気がする。




多い時で10羽はいた文鳥たち。



最後の子がみんなの所に帰って

20年以上、ずっと続いた文鳥達との生活が終わった。



引きこもりで、無関心無感動だった私を

笑顔にしてくれた文鳥たち。



動物、鳥達の集合意識から

個になって来てくれた、唯一の子たち。



その地球の子たちが

私を大地に繋いでいてくれたのかな。



ありがとう、さようなら。

ほんとに、ほんとうにありがとうね。






メモリアル写真


三兄弟の末っ子だったサンちゃん。

みんな卵から孵ってすぐに餌付けした。


真ん中がサンちゃん。






この子は8歳でお星様になった甥っ子のゴマちゃん。
みんな鳥用のスポイトで食べさせたなぁ、懐かしい~。



嫁に行ったお姉ちゃんと、9歳でお星様になったお兄ちゃん。





仲良し三兄弟。手に乗ってるのがサンちゃん。


プロフィール写真もこの子たちで、下にいる小さい子がサンちゃん。




三兄弟の親が夫婦で視察中。


5年前に住んでた家は

鳥かごがズラッと並ぶ鳥屋敷で賑やかだった。



今、20年ぶりにひっそりとしている家で


小さくても個性豊かな文鳥たちに

出会えたことが嬉しいし、ありがたい。



そんな思いを

娘と分かち合ってる。