容疑者は自殺用のロープを大切に持っており、1ヵ月で仕事を辞めた直後に家出をする時には、祖母から死んだらいかんよ生きてりゃいいからと、年金のはいったキャッシュカードを手渡され見送られました。人里離れた誰もいない林の中で、暗闇に包まれながら寝袋で熟睡するのは、普通の神経では野犬や動物などに襲われないか訳の判らない人が突然現れ殺されて川に投げ込まれないか幽霊が出て呪われないかと想像し、漆黒の中の川のせせらぎや風に揺れる木々のざわめきや鳥などの鳴き声や物音にも想像力がフル稼働し、マイナスイオンのリラックス効果をマイナス思考が超越し怖くて落ち着いて寝れないと思いますが、容疑者は6ヵ月も山の中で野宿していたことから相対的な想像力や恐怖感が欠如していると思われ、考えに融通性のない断定的な考えと恐怖感を感じない心は自らを絶対的に恐怖を押しつけることが可能であることでもあり、人間界で一定数の他人を殺したい願望を持っていると言われる人々の部類に入る要素を持ち合わせているように考えることもできますが、自殺と他殺の願望が同根である点で、それとは違い中庸性の無い極端な思考になりがちな発達障害と考えられます。鳥小屋に入れられたり、中学生時には、家族で自分だけ食事が作られず、水筒をおねだりすれば自分だけ中古の貰い物を与えられ、じっと我慢できずに両親の寝室で刃物とハサミを両親のいない方向に投げつけ父親に押さえ込まれ警察に差し出されましたが、両親に対し不可抗力の最大の抗議でやむにやまれぬ行動でもあり、誰も傷つける気はなく暴力を振るう気もないのですね。折り合い悪く家族の元を離れ施設で4年間暮らしたようですが、元来が従順でおとなしい静かな性格のようで自立支援施設では規律正しい生活で勉強に集中し、定時制高校を通常4年で卒業を成績オール5で3年で卒業しており施設長はトラブル一切なくとても頭の良い子だったと述べています。自分の絶対的な性格上散漫さがないので、集中力と群を抜く記憶力を持ち幼少の頃に受けた事柄も昨日の出来事のように鮮明に記憶しており、勉強も習ったところや教科書の内容はすべて記憶し最高得点を取るのですが、数学などの難解で勉強内容と違った応用問題などは暗記だけでは限界があり不得意であろうと思われます。幼少より勉学に集中できる環境なら京都大学に入れるくらいの高い能力と集中力はあったと思います。容疑者は寝る場所と食事ができればそれだけでいいと父親に話しており、鑑定留置でも自分で考えるのが面倒くさく、他人に頼って生きる方が楽だと思い刑務所に入りたかったと述べていますが、社会に行き場のない障害者が、刑務所に入りたいために犯罪をする事例は少なからずあり、刑務所が最後の拠り所になっている現状も見受けられます。発達障害者が仕事を続けられないなら、セーフティネットとして生活保護の受給を障害者に保証するべきと思います。なぜ面倒くさいのか?の質問に自分がそう考えているのだからしょうがない、と答えていますが5歳時に保育所で発達障害を指摘されていたように、中庸で相対的な働いてお金を貯め車に乗り結婚して家を買うような夢や将来を思い描くこともないので仕事を我慢辛抱し続ける意味を見出せずコミュニケーションも取れないので結局は誰かに依存し家の中で自分のしたいものだけをするしか立ち行かなくなるのですね。発達障害で入院歴があり日々の暮らしの中での、無理解な人々の有象無象の提言小言も気を紛らわしながらスルーすることや、反論し自己肯定に変換することなども苦手で、まともに受け止め傷つき絶望感から、自分は価値のない人間だ自由に生きたいそれができないなら死んだ方がましだと追い込まれているんですね。家出を繰り返す行動による遮断でしか気持ちを紛らわす方法も見出すことが出来ず、長期の野宿の孤独の内省による過去の苦しみや悲しみの反復をしながらの日々に心神耗弱状態になり、自分を受け入れてくれる唯一信頼する心の支えであったおばあちゃんに縁を切ると言われ、今後どうして生きていけば良いのか判らなくなり、孤立による絶望の死よりも、自分を拒絶し続ける社会への積年の恨みのむしゃくしゃする気持ちが、遠慮するものが無くなり進行した心神喪失と相まって抑えられない状態に追い込まれ、本能的な生存の自分の正義の絶対的な唯一の選択肢として、自分を苦しめ続ける社会を騒がせる以外に収まりがつかないところに追い込まれての妄想行動でもあり、それが社会に対する自分の必然的な行動と感じているところが罪悪感のない一因になっていると思います。逮捕直後には出所したらまた同じことをすると供述しており極刑を望んでいたと思います。幼少より精神的に身体的にかなり傷ついて育っていたようですが、本来が真面目で物静かな性格で他人を傷つけるような人物ではないですが、家族とも疎遠で理解する人もいなく孤立無援で啓発されず思い留まることも訂正することも自分自身でできなくなっており、理解する人がいればこんなことも起きなかったと思います。やったことは正当化できませんが、障害者に社会性を押し付けることで、居場所がなく孤立し最終的に自殺か刑務所に拠り所を求めることでしか、生きて行くすべのない障害者を理解せず寄り添わない社会の有り方が問われる事件だと思います。