子どもの頃の私は、いつも、本を手にしていた。
テレビは、ほぼ みないの。
小学生の頃 うちは、見てもいいって番組(兼高かおる世界の旅とか、カルピス劇場、大河ドラマ、サザエさんとかね)と、
見るもんじゃないって、番組があって、八時だよ全員集合のドリフとかね。
くだらないというか、顔にケーキ🍰をぶつけるみたいな
ためにならないような番組は、見せて貰えなかったの。 親の判断は、正しいと思っているし、不満はない
当時 家に一台しかないテレビのチャンネル権は子供には なかった。 よって本ばかり。
テレビを好きに見れたとしても、 本を選んだような気もする
中学生になると、 赤いシリーズ 赤い疑惑 赤い運命 とか、 ベストテンくらいは見てたけどね。
今も 朝のニュースくらいしか見ない。
📺つけっぱなしとかなくて、習慣的にテレビを見ない。 ネトフリは別
で、その子供の頃ね
小学生の時は、登下校中も二宮金次郎状態
グリムやアンデルセンから なんとか全集、 宮沢賢治、新美南吉とか、
コロボックルの佐藤さとる とかね。
中学生になると 星新一、眉村卓、筒井康隆、阿刀田高へ移行していった。
本さえあれば幸せで、お葬式の最中にも読んでいて叱られたこともある。
母の ご飯よ の声が 届かないほど
思い返しても 没頭した幸せな時間だった。
もしかしたら、人生で一番夢中になれた時間だったのかもしれない。
本は、まだ見たことのない世界へ私を連れて行ってくれた。
異国の街も、壮大な歴史も、誰かの人生も、ページをめくれば、私が主人公になれた。
ところが四十五歳を過ぎた頃から、少しずつ読めなくなったの。
老眼のせいかと思ったけど、
どうも違う。文字は見えるのに、集中力が続かない。
根気がないというのかな。。
物語の世界に入り込む力が、長く続かなくなってしまった。
現実では、自由に旅ができるようになった。
時間も、お金も、若い頃よりずっと自由になって、本当に世界中を思うままに歩けるようになった。
でも、その代わりに、本の中を旅する力を失ってしまったみたいだ。
子どもの頃には想像もできなかった自由を、今の私は手にしている。
それなのに、子どもの頃には当たり前だった「本の世界を旅する喜び」を、失ってしまったみたい。
マリオットのことや、あれこれ現実のしがらみもあって、積読のためにホテルを予約し、何冊か持っていった。
静かな部屋で、時間を気にせず思う存分読むつもりだった。
それなのに、読み終えられたのは、たった二冊。
なんか、もう昔のようには本に没頭できない自分が寂しい。
これが老化なのだろうか。
自由を手にして、世界は広がったはずなのに、
本の世界へ行く道が、狭くなってしまった気がする。
現実の旅を手に入れた代わりに、本の世界を失った感じだ。
現実の旅には、健康年齢という限界がある。
いつか身体が思うように動かなくなる日が来る。
だから私は、ずっと思っていた。
その日が来たら、また本の世界を旅すればいい、と。
でも、そうは 出来ないのかもしれない……。
無数にあった 選べる世界は、 歳とともに 少しずつ減っていくみたい。。だ![]()
それがなんだか、一番悲しい😞

















