なにしろこちらは地の果て世界の果てにしがみついて何とか生きている人間です。
この先にあるのは未知の奈落が待っているだけの絶壁なのです。
絶壁までの距離は刻刻と縮んでいきます。逃れられない定理です。
まあ今日埋まれたみどりごとてそれは同じ運命ではありますが、なにしろ残された時間が、絶壁までの距離が
もうほんの僅かなのです。
喜寿を迎えて友人と電話で盛り上がった昨年とちがい、78歳の今年は少し暗い…。
来年79,再来年80。再来年からは80代女性、と呼ばれるのだ。事実です。抗うこともできない、必要もない。
そこまで存命している保証もない。
2020年母が95歳11か月で逝ったとき、私72歳。それまで私は母の娘で、自分も高齢であることにあまり関心がなかった。
母が19年11月に2度目の大腿骨骨折で入院した。武漢からコロナが発生したニュースは12月には知った。
母の入退院、リハビリのための老健への転院、感染症のクラスター発生で面会もリハも中止。母はディスパダールを服用して
日中も車椅子で意識もうろうとしていた。
老健に1月ほどいたけど母にとってそこが居心地よいとは思えず、夫と相談、暴挙かもしれないと思ったが
母を自宅に連れ帰った。そこから1月余り。要介護5で寝たきりの母をヘルパー、ナース、そして夫の力を借りて
母の自室で介護した。
母はもうほとんど会話はできなかったが、笑顔はたくさん見れた。母はもともと言葉少なく、笑顔はたやさない人だった。
最期は高熱に苦しみ、点滴をはずせなかった。肺炎だと思う。最後の数日は入院させ苦痛を緩和させてあげたほうがよかった。
看取りの失敗だと今でも自分を責める。
78歳の私は母の享年95歳まで18年もあるがそんなに生きない自信だけはある。