(7月2日付 編集手帳より)
『若手落語会』などを企画し、“天才プロデューサー”とも呼ばれた湯浅喜久治(きくじ)は繊細な美意識をもつ人だったという話を、へたな自分の字を見るのが我慢ならず、字のうまい友人をまめに訪問してはメモを読み上げ、自分の手帳に自分のスケジュールを書き入れてもらっていたというエピソードにより紹介する。
著者もいう。「書き始めた手紙を途中で読み返し、お粗末な字を恥じてペンを投げ出す――悪筆を口実に不義理を重ねてきた身を省みて、湯浅氏に共感を覚えぬでもない」
私は幸い、人前で書くのに抵抗や躊躇いを感じるほど雑な字ではないと自分では思っている。しかし、小中学生の頃は、自分の書いた数字を読み間違えて計算ミスをするほど、雑な字だった。
0が6に見え、4が9に見え、7が17に見えた。
字が少しずつマシになってきたのは、高校の同級生のH君のノートを借りたのがきっかけであると言っても良い。彼のノートはとても美しかった印象が今でもある。スポーツもでき、字もうまく、ゲームも得意で、顔も整っており、成績も良かった彼は、現役で東大に進学し、そのまま研究者として今は東大の先生をしているらしい。もはやドラえもんの出来杉君のようである。
ビフォーアフターのナレーションを借りれば、「なんということでしょう」という感じである。
それはさておき。
雑な字をマシにするのは、うまい人の字を真似ることと、まっすぐ線を引けるようになることが基本だと思う。
これは私見だが、字が著しく雑な人(失礼!)は、共通して、定規をあてずに線をまっすぐに引けない人が多い気がする。線を引いてみると、ふにゃふにゃと細かいカーブを描くような線になりがちではないだろうか。そして、それは多分、ペンの持ち方や力の入れ方が間違っているのではないだろうかと思うのだ。
まっすぐに線が引けないというのは、自分の思い描く形にペンを走らせるのが難しいということにつながりやすいと思う。逆に言えば、ひたすら白紙の上で、線をまっすぐに引く練習をすれば、少しはマシになると思う。
私は、特別字が美しいわけでもないが、多くの人は、昔の私と同じように、せめて人前で字を書くことに恥ずかしさを感じないような程度になれればいいと思っているのではないだろうか。だとすれば、うまい人の字を真似て、まっすぐに線を引く練習をするだけで、多少は改善されると思う。
もう一つ付け加えるとすれば、「ひらがな」を「漢字」の半分の大きさで書く。これでだいぶまとまった形になると思う。
でも実は、私は毛筆が不得意なので、毛筆で達筆な字が書ける人を見ると、本当に羨ましく思う。ただ、毛筆はなかなか日常生活の中では練習できない。時間にゆとりができれば、習いたいぐらいなのだが。