NOAが我が家に来たのは10年と少し前になる。
先輩犬のジョンさんが、14年の犬生を全うした一ヶ月後に思わぬ形で出会った。
私は実家を出ていたのだが、その年当たり前のように戻り、最後の数ヵ月はぴったり寄り添うようにジョンさんと過ごすことができた。
ジョンさんの死後、絵にかいたようなペットロスに陥ったけれど、いつまでもそうしているわけにもいかず
その日のうちに目についたバイトの面接を受け、その日のうちに決まって、次の日から出勤することになった。
そして、その一ヶ月後
いつものように着替えを済ませて出勤すると、ボロボロのモップみたいな犬が怯えてほえたてていた。
バイト先の駐車場で。
家のなかで飼われるはずの犬種、よりによってその子はジョンさんと同じシーズーだった。
鎧のようになった毛玉
こわくてこわくて後ずさりしながら吠えつづけ、後ろ足は折れていた。
いやだ、こわい、おなかすいた
あんたも痛いことするんでしょう
そういっているように聞こえた。
動けなくなって、途方にくれていると通りすがりの奥さんが声をかけてきた。
『あらまー、その子どーしたの?』
かくかくしかじかこーゆーわけで、私もいま途方にくれているところだと伝えると
『里親探せるなら、治療もトリミングもして一ヶ月だけ保護してあげる。さがせないなら、このまま置いていく。どうする?』
神様か。
もちろん、お願いします。ありがとうございますと見ず知らずのその女性と連絡先の交換をしてその年の七夕を期限とした。
仔犬でもなく、怪我もしている。
結局、その子は我が家に来ることになった。
もちろん、すんなりとはいかなかったがそこはうちの家族。
一度会ってしまえば、ジョンさんがつれてきたのかと感じずにはいられず迎え入れることになるのもわかっていた。
七夕当日、預かってくれていた奥さんは旦那さんと娘さん二人と共に我が家の前までつれてきてくれた。
そして、おもむろに50メートル手前でその子を降ろした。
まっすぐ私の方に走ってくる姿を見て家族全員涙目で『ほら、覚えてる。』と笑った
そこでは『めめちゃん』と呼ばれていた
出会ったときとは別の子のように綺麗にしてもらって大きなおめめだったから、めめちゃん。
そのままでもよかったのだけど、私にはもう名前が浮かんでいた。
落ち込みきって、前に進めなくなっていた私たちの前にジョンさんがつれてきてくれたこの子。
『のあ』
呼ぶと舌を出し、私をじっと見た
のあ、のあちゃん。
子犬ではなかった、けれど、大きくもなかった。
おれた後ろ足は、獣医さんによると関節が折れた状態でくっついているのでそのままの方がいいだろうということだった。
それで生きてきたからだろう、前足は少し大きめで低い段差ならモノともしない。
そうして、我が家に目の大きいお姫様をむかえることとなった。
10年と少し前の七夕。
私は明後日35才の誕生日を迎える。
ノアはいま、寝たきりで水しか飲まなくなっている。
全ての記憶は薄れていくのを知っている。
迷ったけれど、自分のための記録用として
少しずつ、ブログに残していこうと思う。