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敦賀ムゼウム 洋館を想わせる外観です。緑の窓枠、三角屋根。建築物の視点から惹かれます。

 

拝観料を払い入館します。

 

敦賀港は1920年代にポーランド孤児、1940年代に命のビザを携えたユダヤ難民が上陸した日本で唯一の港です。
当時の建物を復元した資料館人道の港 敦賀ムゼウムでは孤児と難民が上陸した歴史、彼らに手を差し伸べた人々、敦賀人たちが迎え入れた様子を後世に伝えています。

 

1940年~41年にかけて杉原千畝の命のビザを持ったユダヤ難民約6000人が迫害から逃れるためリトアニアからウラジオストク経由で福井県敦賀港に上陸しました。当時厳しい状況下にあった難民に対し敦賀市民はリンゴや菓子を差し入れ、銭湯を無料開放するなど温かく迎え入れました。

 

かつて欧亜国際連絡列車鉄道が走り鉄道と港で発展してきた敦賀。ヨーロッパとの結びつきが強く人道支援という意味で鉄道と港は大きな役割を果たしてきました。

  

  

  
・古代から現代までの敦賀港のあゆみが時代ごとに紹介されています。

・ポーランド孤児とユダヤ難民がなぜ敦賀港に上陸できたのか人道の港敦賀にまつわるエピソードが映像で紹介されています。


・孤児と難民が上陸する舞台となった敦賀港の発展のあゆみが絵図や写真で紹介されています。

 

シベリアから救出されたポーランド孤児の歴史的背景や救出の経緯、敦賀上陸後の様子が紹介されています。

・ユダヤ難民が上陸した歴史的背景や彼らに手を差しのべた人々、当時の市民の目撃証言などが紹介されています。

敦賀に上陸した人々のその後の生活や、再び敦賀の地を訪れた本人やその子孫、関係国との交流が映像などで紹介されています。

 

展示一つ一つを見て平和の尊さをを感じました。そして今この時代に生きている事がいかに恵まれているかを感じました。

 

歴史を知り少し気持ちが重くなりましたが敦賀赤レンガ倉庫に向かいます。