最近、スピリチアルの世界で
自分は神様 とか 創造者であると書いてある本が多く感じます。
この考えは、本当なのか嘘なのか?
議論したい人も多いだろうと思いますが、
本当にそうだったらいいな~と私は単純に思ってしまいました。
神であったら人生自由自在に思い通りにできるのでは?と思ったからです。
我ながら、子供発想だなと思いましたが、正直な気持ちです。
神であれば全ての問題を一瞬に解決でき、
日々ハッピィーな気分で生きれるのにと、ついつい思ってしまいます。
最近も仕事でいろいろ悩むことに出くわしました。
自営業を始めたから何度も眠れぬ夜をすごしてきました。
最近では、ようやく目が覚めることがなくなったと思っていたら
久々に朝方まで眠れない体験をした。
悪いことばかりが連想されて、人生から逃げたくなるそんな気持ちに何度もおそわれた。
そんなとき、どうしたらこの気持ちを 安らぎに変えることができるのか?
思いだしたのが、自分がもし 神様だったらと以前考えていたことだ。
『そうだ、神様と思おう』とっさに独り言。「私は神だある、私は神である.....」
真剣に独り言、10分ぐらい言い続けていたら、不安な気持ちが沈静化してきた。
これは不思議だった。チマタにはやる、アファーメイションはあまり、意味がないと聞くが
これはアファ―メイションとは違うのかな?
どちらかといえば、心からの祈りだったのかもしれないなーと今は思います。
一心不乱に祈った。
これだけで、気持ちが変わるのか~と体感した。
祈りだけで気分が良くなる、これはまさに、『神の力』ではないのかと思ってしまう。
そして、気分が落ち着いたら、ひらめきがあった。
そうか、自分が神だとしたら、今の環境や自分の状態をあえて体験したくて自分にこんな世界を
創ったのかと、本気で思えた。
自分が経験したいことを、自分自身が創造して体験している。
これってまさに、神がなせる技だなと思った。
自分にとって最高の体験をいましているのか、そうか、そうだったのか、
この現実こそが、自分が神として自分に最高の体験させるために創造したのか、
じゃ~これを嫌わずにどっぷり体験することが、自分にとって最高の体験ってことなんだと
納得できた。
私は、今まで人生からいかに逃げるか、ごまかすか で生きてきた気がします。
目の前の現実をいかに避けてきたか、実にもったいないことをしてきたことか?
目の前にある現実こそが、自分とって一番大切なもの、神として自分が、最高の体験をするため
に創造した最高の世界だったのか~と納得できた。
目の前にある世界を受け入れることが、自分の心が安らぐ第一歩。これは自分が神としての
目覚めだはないのかな?と思っています。
そして、第二歩 第三歩と続いていくと思いました。
目の前の世界を受け入れる。 安らぎがくる。 安らぐと、現実を冷静に見始める。
手の打ち方が見えてくるか? ヒントが見えてくる。 こんな流れがあるような気がするが
私個人にしか当てはまらないのかもしれません。
私が二十代のころ将来どうなりたいか当時の仲間と話したことがある。
その時の私の答えは、何をしようが、何もしなかろうが、自分の人生はよかったな~と心から
思える人生であればこれほど嬉しいことはない、そんなことを言っていたのを想い出した。
『全ては、安らいだ気分で日々生きること。
自分の外の世界がどんなに、問題だられだろうと、自分の心は安らいでいたらこれこそ、
人生の達人だはないかと思ってしまった。
常に心の安らぎを、選ぶことができれば、まさに自分は神であると確信が深まるのだはないかと
思っています。
神としての目覚めはそう遠くない気がしてきた。
そんなこと、もういっつか知っていたというあなた.........。
あなたも神ですよ。