啐啄同時（そったくどうじ）とは、禅の言葉です。

鳥の雛（ヒナ）が卵の殻を破って出ようとする瞬間、内側から雛が殻をつつく行為が「啐」で、それに応じて親鳥が外から殻をつつき孵化を促す行為を「啄」と言います。

不思議なことに、このタイミングが合わないと、雛は死んでしまうそうです。

「それはたいへんなことじゃ」

禅の世界では、「親鳥と雛」の関係が「師匠と弟子」に置き換わります。

師匠から弟子へと仏法を相続・伝授するとき、伝えられる仏法をコップの水に例え、「一器の水を一器のうつわに移すがごとく」と表現するらしいのです。

弟子の器が小さすぎると仏法はこぼれてしまう。大きすぎると、弟子は物足りないと思う。師匠の悟りと弟子の悟りの力量が同等でなければならない。そういう意味だそうです。

師匠の行う「啄」は、おそらく問答であったり、一喝であったりするのでしょう。

その結果、昨日まで解けなかった算数の問題が、今日不思議にサラリと解けたときのような感じで悟るのではないでしょうか。

その瞬間が、人間の理性が次のステージに移る時で、雛の孵化にイメージが重なるのだと思います。

いずれにしても、親鳥のつつく「啄」のタイミングが決め手になるのは間違いありません。

「啄」のタイミングが早すぎても遅すぎても、雛を死なせてしまうので、きっと親鳥は、卵を抱きながら絶えず観察していると思われます。だから雛のつつく「啐」に気付くのでしょう。

親鳥＝師匠（教える側）と雛＝弟子（教わる側）のタイミングが合わないと物事はうまくいかないといったことを示唆しているものだと思われます。

日常生活に置き換えるなら、子育て中の母親というのは、仕事に家事、近所付き合いに子供の教育、自分のことや夫のことなど、しなければならないことがたくさんあって、とても忙しいと思います。

父親も、同じように何かと忙しい。何事も要領よくしなければ、あるいは、何かを犠牲にしなければ、なかなか回らないというのが普通かもしれません。

ただ、どんなに忙しくても、子供が質問したときには、親として、子供の疑問に真摯に向き合って、一緒に考えなければならないと思います。

たとえ答えが分からなくても、それは大して重要な問題ではないのです。

一緒に調べるとか、一緒に考えるといった過程を子供と共有することで、子供は学び方を身につけていく。そちらのほうが断然大切です。

「啐啄同時」に当てはめて考えてみると、子供が質問している行為というのは「啐」であり、親がそれに何らかの形で応えるのが「啄」になります。

言葉を知らない赤ん坊なら、泣いている状態が「啐」であり、抱き上げてなぜ泣いているのかを探るのが「啄」かもしれません。

先の子供が質問をした場合、親が「忙しいから質問しないで。」といった答えを返してしまうと、子供はやる気を失ってしまいます。せっかくの成長の機会を奪ってしまうことになるのです。子育てというのは経験上からして、本当に「待ったなし」の連続です。

親は自分のペースでやればいいという考え方も一理ありますが、生活の基本となる色々なことを教えたり、子供が何かを訴えているときには、「待ったなし」に対応していかなければならないと思います。

子育ての中でも、何かを教えるといったことに関しては、「啐啄同時」という教えは、とてもいい考え方だと感心いたします。