世間はバレンタインデーでてんやわんやしていた2月14日…
家デンに叔父から電話がかかってきた。
「おじさんが口頭がんになったらしい」
叔父の叔父…
つまり、なんだ…
なんて呼ぶのかよく解らないけれど、
親戚のおじいちゃんにがんが見つかってしまったとの電話だった。
そのおじいちゃんは千葉に住んでいて、前に二、三回だけ泊まりに行った事がある。
海に近いせいか…アジとかカツオとか、そういった類のタタキがご馳走としていつも振る舞われた。
これが新鮮で美味しかった。
あと、そのおじいちゃんのお喋りっぷりはマジで半端ない。
酒が入ると尚更である。
本当に俺と血が繋がっているのか思わず疑うほど、お喋りなのである。
そんなおじいちゃんが、俺の記憶の中に居た姿である。
しかし……
電車に揺られること一時間、東京都港区にある大学病院に見舞いに行った。
そこに居たおじいちゃんは…
記憶の中のそれとは余りにもギャップがあった。
まず、既にかなり痩せこけていた。
しかも、様子からして、残念ながら、俺のこともうろ覚えだったようだ。
それでも、にこやかな笑顔、それと何より「お喋り」なところは、口頭がんになってもちっとも変わっていなかった。
電話では「早期発見」がある程度出来たらしいとの事だったが、直接聞いてみると、どうやらそうでもないようだ。
二月末には、既に手術も決定しているらしく、転移の危険性も考え、場合によっては、声帯を取り除くこともあるようだ。
「声」の喪失…
一体どんな気分になるだろうか?
今目の前で聞いてるじいちゃんの声、もしかしたら聞くのが最後になるかもしれない…。
そう考えると、とてつもなく悲しい気持ちになったが、決してじいちゃんの前で悲しい顔はしなかった。
じいちゃんを悲しくさせたら、何の為の見舞いだ!
そう、自分に言い聞かせて。
こちらも精一杯笑顔で、飽きるほどじいちゃんと話をした。
あちらも嬉しそうな顔をしていたのが何よりの救いであった。
今は、何とか(声帯を残す形で)手術が成功して欲しいと祈ることしか出来ない。
ふたたび、あのお喋りなじいちゃんと再会する事を信じて…
家デンに叔父から電話がかかってきた。
「おじさんが口頭がんになったらしい」
叔父の叔父…
つまり、なんだ…
なんて呼ぶのかよく解らないけれど、
親戚のおじいちゃんにがんが見つかってしまったとの電話だった。
そのおじいちゃんは千葉に住んでいて、前に二、三回だけ泊まりに行った事がある。
海に近いせいか…アジとかカツオとか、そういった類のタタキがご馳走としていつも振る舞われた。
これが新鮮で美味しかった。
あと、そのおじいちゃんのお喋りっぷりはマジで半端ない。
酒が入ると尚更である。
本当に俺と血が繋がっているのか思わず疑うほど、お喋りなのである。
そんなおじいちゃんが、俺の記憶の中に居た姿である。
しかし……
電車に揺られること一時間、東京都港区にある大学病院に見舞いに行った。
そこに居たおじいちゃんは…
記憶の中のそれとは余りにもギャップがあった。
まず、既にかなり痩せこけていた。
しかも、様子からして、残念ながら、俺のこともうろ覚えだったようだ。
それでも、にこやかな笑顔、それと何より「お喋り」なところは、口頭がんになってもちっとも変わっていなかった。
電話では「早期発見」がある程度出来たらしいとの事だったが、直接聞いてみると、どうやらそうでもないようだ。
二月末には、既に手術も決定しているらしく、転移の危険性も考え、場合によっては、声帯を取り除くこともあるようだ。
「声」の喪失…
一体どんな気分になるだろうか?
今目の前で聞いてるじいちゃんの声、もしかしたら聞くのが最後になるかもしれない…。
そう考えると、とてつもなく悲しい気持ちになったが、決してじいちゃんの前で悲しい顔はしなかった。
じいちゃんを悲しくさせたら、何の為の見舞いだ!
そう、自分に言い聞かせて。
こちらも精一杯笑顔で、飽きるほどじいちゃんと話をした。
あちらも嬉しそうな顔をしていたのが何よりの救いであった。
今は、何とか(声帯を残す形で)手術が成功して欲しいと祈ることしか出来ない。
ふたたび、あのお喋りなじいちゃんと再会する事を信じて…