終戦から80年、毎年行っている茨城県阿見町の、予科練平和記念館に行って来ました。





零戦の実物大レプリカ

館内は撮影禁止の為、画像はありません。

入隊、訓練、休日には家族に手紙を書き、更に厳しい訓練に耐えパイロットに成長して行く。

しかし、戦況は悪化しついには、体当たり攻撃を行う作戦「神風特別攻撃隊」が立案され、多くの若者達が散って行った。

10代後半から、20代前半の約1万9千の若者が出撃して行った。


記念館を出て、自衛隊基地内にある雄翔館へ。
「回天」
魚雷に人が乗り込み、自爆するような物。
ドラマの撮影に作られ、記念館に寄贈された。

フェスの向こうが、自衛隊の敷地内。

自衛隊霞ヶ浦駐屯地武器学校。
引退した戦車や装甲車、試作戦車が展示されています。

山本五十六元帥の銅像
卑怯者とか、臆病者という人もいますが、私はそうは思いません。
最後まで、アメリカに対し戦争を反対し続けた人物。

館内は撮影禁止。
出撃して行った隊員達の遺書等が展示されています。

雄翔園だったかな?
肩を組む二人の像。
円を描くように日本列島があり、それを見るように二人の像が立っています。
説明版等がないので、推測ですが空から日本が見るように、二人の像が立っているのではないかと思います。

予科練平和記念館から牛久市の、牛久の大仏へ。









大仏様の胎内は、撮影禁止のところもあります。
今回は、全て撮影していません。



牛久の大仏から、笠間市の筑波航空隊司令部へ。
当時の筑波航空隊司令部の建物が、そのまま残り映画の撮影、ドラマの撮影等も行われます。

新館で入館料を払い入館。
一部は撮影禁止。
零戦の一部が展示。

こちらは企画展。
一部撮影禁止。
左が機体の傾きを表す水平器、右がディストリビュータ、エンジンの点火を制御する部品。古い車にも使われています。

零戦タイヤ

双眼鏡、グローブ、ゴーグル等

皿、やかん、飯缶。

花婿がいない結婚式

当時、戦地にいた隊員と、日本にいた女学生が手紙をやりとりし、戦地から送られたペンダント。
二人は直接会うことはなかった。

出撃前の仲間との写真

旧館へ。

映画やドラマで撮影が行われる階段。

暗いですが、旧日本軍の戦闘機や攻撃機のエンジンの一部。
オレンジ色の物は、魚雷の模擬弾。

映画の撮影に使われた一部。



机や本棚は当時の物。

映画「永遠の0」で、この階段のシーンがあります。

当時の生活のようす。

この先程に供養塔がありますが、撮影はしていません。

発掘調査中のようです。

地下施設のようですが、まだわかりません。

戦後80年、平和は与えられる物ではなく、皆んなで護るもの。