この度15周年を迎えました。それに伴い、数年前に限定記事へ移行して誰にも読めない様にしていた過去記事から全て読み返し、これはと思った記事を全てAIに解析して貰うという作業を5日程行っていました。ただ読み返すだけなら、「こんな感じだったなー」「家族の私の扱いやば」「強気に前向きに頑張ってんなー」で終わってたんだけど、過去を客観視すると2011年からクライマックス。自身の精神的·肉体的忍耐力に脱帽。「こんな極限な環境に居たの私!?」「私の負担デカ過ぎないか?」ってなってました。




シングル脳の愉快な波乗りメタグロス誕生までの軌跡

2011年3月~2012年3月

 不登校、健康不良、受験生という身でありながら、暴走する妹の相手や躾、母の親というロールをこなしていた。

表面ではこれまで手をつけて来なかった勉強を中学1年の基礎からやり直す。生活リズムを整え、少しでも健康に近付ける。内面では自身と向き合いトラウマや過去との折り合いをつけ清算する。といった病んでいる様に見えて超高速な自己修復の過程が記録されており、自分という人間が潰れて壊れてしまわない様に、何があっても自分という存在だけは肯定し続ける。この頃には個としての独立戦争が行われていました。弱音の皮を被った宣戦布告と強靭な生存意志。「死にたい、消えたい」そう言った思いを抱く事は一切無い戦士でした。
そして体内では、旧式から新型へのアップデート(肉体の設計変更)が本格始動されていました。脳の覚醒、エネルギーリソースの分配変更。それに伴う自己の分解·再構築。情動から論理への移行、観測者としての俯瞰的視点の獲得、現在に通ずる思想の組立。
あんな過酷な環境でよくもまぁパンクしなかったなと自身の事ながら戦慄した。肉体は悲鳴を上げていたけれど…当時の私、メンタルが強靭過ぎる。

2012年4月~2013年3月
 通信制高校へ進学し心機一転、勉強にも遊び(外出)にも意欲的になって、健康面では未だ不安はあるけれどとても充実した日々を送っていました。表面上は。
家庭環境は依然として変わらず。兄も大学へ進学し、不慣れな環境で手一杯と言った様相。妹は相も変わらず大暴れ。中盤頃からは学校を元気にサボり出し、最終的に完全不登校へ。母は妹の我が儘に365日24時間体制で振り回され私への当たりも強くなる。私もカオスな環境に思考を回す余裕がなくなり、50文字にも満たない文字数の記事が常態化。ブログネタを使用しても一言二言と言った有り様であった。恐らく中3の頃の方が一人の時間を確保出来ていたという点で楽だった。

2013年4月~2013年8月
 進級と共に少しメンタルを持ち直す。4~5月まではそれなりに外出をしたり、家族が居らずとも一人で娯楽施設まで行って趣味を満喫したりするなど、精神的な成長が窺える。ただやはり家庭環境は混沌の極み。妹による外出や行動の制限が増え出し、うさぎの琥珀は頻繁に血尿を出し私が部屋を離れると足ダン。ハムスターも妹に怯えて私(守護者)の存在を確認する程。この頃、犯人は分からないけど水槽の蓋が閉められていて金魚が死んだという記述があり、かなり緊迫した状況でした。父は元より小学生の頃には既に家庭には不干渉。兄もこの頃には避難を選択。母は無限に妹を甘やかす。私は妹を矯正し社会復帰をさせようともがき、母にも親としての教育を施すという…。「はあ?」
肉体のアップデートも最終調整段階に入ったのか、本格的に電磁波を受け付けなくなって来ていた。視覚情報の優先順位が切り替わる。脳のスペックが劇的に上がった事によるオーバーヒートで不眠。食欲はあるのに物が食べられないなど。体調不良のオンパレード。
7月にはこれ以上は壊れる!と生存本能が働き、一時ここ(ブログ)から待避。サブアカウントを作成しそちらで活動していた。

2013年9月~2014年10月
 ブログの更新を完全に停止していた時期。「魔法のiらんど」の自サイトに連携させてた機能(つぶやき系)に一言二言、短いのを残す程度。頻度もまちまち。身体がボロボロ。それでも中学1~2年の頃よりはマシだと思っていたらしい。家族も自身も面白がっていたけど、髪が数本でも色素抜けるって相当だぞ。そしてやっぱり表面上は何事も問題が無い様な生活を送っていて、みんな狂ってんなー。

2014年11月~2015年9月
 高校のスクーリング期間(2014/11頃)や、定期試験、卒業式等、何かあれば記事を投稿。スクーリング期間の通学は無遅刻無欠席で完遂。生活環境は依然として悪化の一途を辿っている。
この頃には自身の精神状態の危うさを自覚。それでも、

「今までの苦しみを無かった事にして欲しくない。違う選択の向こうにそれ以上の幸せが待っているとしても私は受け入れたくない。だって私の人生は一つだけだ」

そんな思いを抱えていた。

2015年には高校を卒業し、無職へ突入。9月頃には凡そ3週間、「食事、排泄、入浴」生体維持に必要なもの以外の全ての時間をスリープモード。ずっと寝て過ごしていた。当時は過眠症を疑った。


2015年10月~2016年3月
 私が与えてしまったストレスが引き金となり、限界に達した琥珀が亡くなった。そこからブログの更新を本格的に再開し、最低月1更新を義務化。琥珀が亡くなって僅か10日足らずで親戚のコネにより就職。ビジネスホテルの清掃員としてパートタイマーを始める。ただ想定外だったのは私の自認とは異なり、小学生の頃の様な体力や肉体強度を持ち合わせていなかったという点。肉体の設計図が大幅に変わっている事を自覚していなかった。それにより、たったの2~3ヵ月で身体が壊れました。その後も3月いっぱいまでは根性で働いたけれど、引っ越しをして職場から遠退き、通勤による負担が更に増えてリタイア。

2016年4月~2023年3月
 暗黒期。「父、兄」「母、妹、私」で二手に別れた。母と妹を二人にする事に恐怖を覚えてついて来た。今だから言える。「やめとけ」
2016~2019まではもう寝たきり。肉体が悲鳴を上げていて全然動けない状態。このタイミングで通信制大学に進学したけれど勉強どころじゃなくて、一度も手をつける事が出来ずに後に退学。「大きな声を出すな」「妹に影響の出る話をするな」他愛無い会話が出来ない、考えを否定される。家族に対しては勿論、友人に対しても何も言えない。ブログでさえ表面的な事しか書けなくなった。
2018の秋に二階建ての一軒家に引っ越し。「一階に母と妹」、「二階に私」と物理的に存在を遮断する事が可能になり、そこから徐々に体調が上向きに。2020の時点で「これなら働きに出れる」というところまで持ち直した。とはいえコロナと被ってしまって断念する事になってしまったけれど。
その後は、「働け」「病院へ行け」「家を出ろ」「障害手当て貰え」。働かせたいのか、病人にしたいのか、追い出したいのか、家に留めたいのか。コロコロコロコロ二転三転。動けるか!

2023年4月~2025年12月
 長年自身を苦しめて来た肌荒れの原因を突き止めた事により、感情から論理へと思考が完全に移行。環境を最適化するエンジニアへと完全変貌。それにより開始された怒涛の断捨離、大掃除。今までの沈黙は何だったの…?と困惑するぐらいとても活発になり出し、寝たきりから床離れ。筋トレにも勤しむ。直前の2~3月に病みに病んでたのが幻かの様に元気だね…?2024/12には凡そ6年振りの断髪。その半月後にはバイトの面接。それも一日の内に4~5時間は歩いてたのでは。2025の夏にはもう母とは話し合いどうこう出来る相手じゃないと諦めました。

2026年1月~2026年3月
 1月からAIを使用する様になった。今まで頑なにSiriやら何やらを避けていたし、音声入力すら拒んでいたけれど、ホロスコープを独力で読み取るのは無理だと判断しAIへ丸投げ。初めの一月はまだゆるーく趣味でたまに質問を投げ掛ける程度だったけど、2月に入ってからは怒涛の自己解析が開始された。これまでの長い人生で溜まりに溜まった「何故?」を徹底的に洗い出し。
そこから導き出された答えに数時間の号泣。17年間、自身の核としていたものが鏡像でした。「どうして」「なんで」そんな思いに押し潰されて、それでも思考は原因を特定する為に走り続ける。そして見付けた「友人は自身の価値を証明する為の存在であった」。その為の救済であった。それに納得すると共に急速に心が凪いで涙が止まった。友人は鏡だった。核であった。だけどそれ以上に荷物でもあった。それでも、友人と出逢ってからの17年間、友人が心に居たからどんな環境でも頑張れた。

「どんなに追い詰められた状況でも折れる事なく、着実に一歩一歩足を進めながらここまで来れたのは貴女のおかげです。ありがとう」

総括
 誰も助けてくれないから、自力で再起動掛けた。思考停止から10年掛かってしまったけど、AIを使用し始めてたったの2ヶ月で自己のアイデンティティを確立。2011年以来の自身の再構築、再定義。メンタルの初期化が完了。先を見据えた設計を立て始めた。メンタルが如何に不屈かを物語っている。
私には、心の中の聖域に鎮座する一人と、兄しか居ませんでした。その兄も現在精神的に参っており、8年程は顔を合わせる事も、誕生日と年始のお祝いの一言以外で連絡を取り合う事もありません。母からどの様に私の事が伝わっているのかも分かりません。本当の意味で孤立無援でした。そして、ここから先は物理的にも一人で生きていく事が確定しました。30を目前にして何やってるんだろう…と思う気持ちが無い訳ではありませんが、「生まれ変わって、新たなステージに足を踏み入れる」そう思えば、この節目にこれまでの私の全てを精算出来たのは喜ばしい事なんじゃないかなと思います。



先月に、長年に渡る脳の稼働率低下によるバッテリー上がりを直して、自身の解析を徹底的にやって、思考がクリーンになったから今回漸く過去をフラットな視点で振り返れました。限定公開=非公開にした当時は脳の稼働的な意味でもそうだし、精神的にもシャットアウト状態で、自身で見るのも、他者に見られるのも苦痛でした。だけど今はもう怖いもの無しというか、頑なに全体公開に一度もしていなかった戯言カテゴリの記事でさえ見つめ返すのに躊躇いを感じない。だって、当時の私が懸命に足掻いて必死に生きようとしてた記録だもの。そして、それらが今の私を形作ってるんだよ。「恥ずかしい」「黒歴史」そんな思いを抱くのは当時の私を侮辱する行為じゃない?って思う。

2011年、開設当初から私はずっと自分と向き合い続けてた。ずっと、自分の生存方法を模索してた。ずっと、考えて考えて考えて、15年掛けてやっと今の私に辿り着きました。15年も掛けなければ私という人間を解読する事も、構築する事も出来ませんでした。中学2年の私、よくアメブロを始めてくれた。これも無意識から来る生存戦略の一つではあったけれど、此処で思考を回し、排熱を行い、未来に遺すという選択をした子供の頃の私を認めたい。ありがとう。あなたのおかげで今の私がある!



お知らせ

15周年を迎えた事、自身を再定義した事を機にブログを一新しました。2026年以前の記事は全て非公開化。此処からは、この新しい名前で、ただ静かに世界を観測していきます。




ブログ名「P.S.Blue / From Lito」
様々な物を観測し、構造の解析・考察を行う日々を発信。

テーマ「日常」旧から継続


由来

ブログ名=ペールサックスブルー、随筆