少数派社会
「ねぇ、ユキ。僕たまに思うんだよ」
日当たりのいい窓際のいつもの席に腰掛けたリョウヤ。背の高いバーカウンターにあるような椅子が彼のお気に入り。
窓からは熟れた黄桃みたいな太陽が1日の最後を名残惜しげに海に喰われていくのが見える。
彼は今日もミントがちょこんと乗ったレモネードをオーダーしていた。
話ぶりは大人だがリョウヤはコーヒーが飲めない。彼のマメなママがテストなんかのご褒美の夕食につけてくれるオムライスの国旗を集めるのが何よりの楽しみのお年頃だ
一度茶化したら 顔を耳まで真っ赤にして怒らせてしまった。彼に言わせるとオレンジジュースを飲むのが子供でレモネードを飲むのは大人らしい。
そういうところが子供なんだ、とまた出かかった言葉を寸前で飲み込んだ覚えがある
やれやれ。彼と話しているとつい同年代の大人と話している気分になってしまうのは困ったものだ。
私は、左手の薬指の付け根をいじる。次いで柔らかい皮膚の感触。
…あぁ、そうでした。私ったらなんて未練がましいんでしょう
「聞いてるの?ゆき」
「…ごめん、聞いてる」
慌ててあたしはリョウヤに向き直る。
「ま、いいや。それでさっき話した少数派社会の事だけど」
「…へ?あ、あ。うん」
聞いていなかったと確信を得た彼は呆れた顔をした後 もう一度同じ事を話してくれた。要約するとこんな感じだ
リョウヤはアスペルガーっていう障がいらしい。アスペルガーって何って聞くと 思考の少数派って返された。まぁ確かに大人びてるし ちょっと知識人な気もする。
けど何故それが障がいなんだ?
ちっとも苦労しないように思えた。リョウヤがそのタイミングで黙ったので私も手元のカプチーノを一口飲んだ。
と、ジャズがゆったり流れる店内に全く違うやけに明るい電子音が鳴り響く。
「…あ。ママからだ」
リョウヤは困ったように眉を寄せ手元の鞄を探った。掌には三件まで発信先を指定できる防犯ブザー付の携帯電話が握られている。
「あ。もうそんな時間なのね」
あたしは薬指の付け根を弄りながら掛け時計を見た。短い針が5を指している
「行かないと。今日は塾があるんだ」
「そっか、またいつでも来てね。」
「うん!また明日」
リョウヤはさっきの真面目くさった顔とは一変 子供らしい満面の笑顔でくしゃっと笑った
喫茶店の入口扉につけた銅製の鳴り物が耳に優しい音をたてた。
end