またお越しくださって、ありがとうございますおねがい

東日本大震災から、15年も経ったのですね。
私は自宅が長野ですので、
揺れはしましたが、
テレビで、被災地の状況を
なんと恐ろしいことが起こっているのか・・・
と思いながら見ていました。

亡くなられた方のご冥福をお祈りします。



さて、うふ庵の活動をこのところ常に

考えているのが、本当に楽しいというか、

時間を忘れて没頭しておりまして😆


毎日、アイデアがどんどん浮かんでくるのですが、

今日から少し、

『信仰と宗教』について

書いてみようと思います。


最近は、世界的に、

宗教団体が潰れています。

私は、どこの宗教にも属していないので、

あまり突っ込んだことは書けませんが、


私が思想として持っていることを

書きます。




昔から、
ずっと考えていることがあります。

それは
宗教と信仰は違うということ。


今の時代、多くの人が

宗教=怪しい
スピリチュアル=ふわふわ

そんなふうに感じていると思います。


実際、宗教が原因で争いが起きた歴史もあります。(今まさに、イランでも、それが起こっています。)

だから人は
「宗教」から距離を取るようになりました。


でも私は思うのです。

『信仰』は、
『宗教』とは違うのにな。


宗教は
教えや組織、体系です。

それ自体が悪いわけではありません。
人が神仏や真理に近づくための道として生まれました。



でも信仰は違います。


信仰は
人の内側にあるもの。

神仏
宇宙

それらと人がつながる
個人の内側の関係です。

宗教がなくても
信仰は存在します。


もっと響く言葉を言いましょう。


『信仰』することに
『お金』は全く必要がない、ということ。


そして私は思っています。


信仰は、人間の本質を
支えるものでもあります。



私が『信仰』というものを

このような概念として持ったきっかけに

なった人がいます。


私の叔父です。



叔父は

山で、本当に修行をしていた人でした。



宗教団体として活動していたわけではなく

山奥の家で、人々を助けていました。



神仏の言葉を伝えたり

亡くなった人の言葉を伝えたり

未来のことを語ったり。



私たち家族も

何度も助けてもらいました。



子どもの頃から、

「すごいおじちゃん」だと思っていました。


今、大人になっても思います。



叔父は

信仰の中で生きていた人だった。


宗教ではなく

信仰。


仏様と一体になり、

人を助けていた人でした。


その姿を見て育ったことが

私の根っこにあります。


長くなりそうなので、

続きはまた書きますほっこり



お読みくださってありがとうございましたキラキラ