おはようございます

 

ことわざで、鰯の頭も信心からがありますね!!

 

鰯の頭」のように他人からみれば取るに足らないものでも、それを信じる人にとっては大切なもので、「信心」次第では不思議な力を持つ。という意味。信じる者を肯定的に捉えて使われます。ですが、つまらないものを頑なに信じこんでいる人に対して、揶揄する時に使われることの方が多いことわざです。

 

ところが、信心してみると魔訶不思議なことが起きるのも事実のようです。

こんな現象も、私は体験しました。

 

❶さかのぼること約40年前のことですが、低山ハイキングしていて、たまたま白衣を纏い杖を使い、笠を被りと白装束を纏う集団を見かけました。何も知らない私は、少し気味の悪い団体だと思っていました。ところが後で、西国巡礼をされている団体だとわかりました。なぜ西国巡礼があるのだろうと、思ううちに一度私もハイキングのついでに真似ごとをしてみるかとの思いで、一人で33ヶ寺を巡っていました。

 

袖すりあうも多生の縁とか申しまして、見ず知らずの遠い山や町の中でお参りするお寺がどこにあるのか分かりません。だから駅を降りて寺の所在を探しているうちに、巡礼で来ていそうな人にお寺のことを聞いて、駅からの交通手段も聞いて回っていました。いろいろと訪問するお寺を聞いているうちに、聞いてみるとしっかりと欲しい情報を教えていただけると分かりました。さらに、相手の方も持っている情報や経験談を聞けることもわかりました。皆さん優しくしていただき助けられました。

そんなことを繰り返しているうちに、約40年間で4回巡礼をしました。

 

❸巡礼のバスツアーにも参加して、バスの車内で先達さんによる「お参りのレクチャ」を受ける中で、お参りを重ねていると不思議なことが起きるのですよ!!

「それも命に係わることで、自分とか自分の関係者が観音様に祈ることで助けられた体験をすることになります」と、言われていました。

最初のうちは、そんなバカな科学的根拠もないことは信じられないと思っていました。ところが巡礼先で巡りあう方々から、この巡礼を重ねることにより、とんでもなくいいことがあったとおっしゃる方がいました。それも複数の方から。

そんなにいいことが起きるのだったらと、私は、自分の両親が寝たっきりの状態だったり、もっと長生きして欲しいとの思いから、納経札には、「家内安全」とか「健康長寿」とよく書いていました。

その祈りが通じたのか、寝たっきりでもかれこれ10年もの間命の光を灯してもらいました。お葬儀も終わり、しばらくしてから先達さんや巡礼者の方々のおっしゃることは本当だと思えました。他にも不思議なことを体験することが多々ありました。

ここでは省略させていただきます。ありがたいことです。

 

➍大地震やコロナ禍で、ここ4年ほど巡礼はできていません。ご熱心な方だと33回巡礼したとかおっしゃる方も聞いたこともありますが、私には時間もないからまたゆっくりと再開できたらいいなぁと思っています。なにせ西国巡礼は一巡するには四国88ヶ所のお遍路より少し短い程度と長い距離ですので、簡単に回れません。

巡礼すればするだけ、新しい出会いに巡りあえるのが、楽しいです。