もう胸の内だけでは抱えきれない。
かと言って、夜通しファミレスで話せる相手もいない。
そうだ、文章で書き起こそう。
にの担は、供給が多くてほんとにありがたい。
嵐が休止してからも、テレビやYouTube、X、見ない日はなかった。
ありがとう。
2019年を経験した私たちは、今、この日がずっと続くなんて思ってはいなくて、いつかくる終わりの日に怯えている。
さらには、まさか休止中にジャニーズがなくなるなんて、あの頃、誰も想像してなかった。まさに天変地異。
他界隈に転生したヲタクたちも皆、一種のトラウマを抱えて、今日も精一杯誰かを推してるんだろう。
"来年もあるなんて思うなよ"と、私が私を脅す。
私たちのライフステージが変化しても、とんでもないことが起こってても、テレビをつけると"嵐はいつもそこにいてくれる"それがいちばんありがたい、そう思っていた。
これは多分何回もブログに書いてたと思う。
いつも、変わらない姿でいてくれた。
まぁ、生きてるんだからそんなわけはないことに気付くのは、それから何年も先だったけど。
KAT-TUNのラストライブを終えて、もうしんだかと思ってた美女たちが墓場から起き上がり、魂の声をぶちまけてたの目の当たりにして、私も書こうと思った。
私はやっぱり、ヲタクが好きなんだよね。狂ったヲタクも、炭火のように燻り続けるヲタクも、すき。
正直、対象の俳優やアイドルに興味はなく、そのヲタクのヲタクみたいになってる。
なんて話しは置いといて。
数々の悪夢を経験した私たちは、いつだって、これが最後かもしれない精神で推しを観てるんだけど、
嵐の二宮さんをみれるのは、これが最後。
最後かもしれない、ではなく、最後。
あかん。ちょっと想像以上にダメージが。「休止」と「終了」の違いってこんなにでかかったのか。
茶の間で満足してたのに。なんなら、もう知らなくても平穏だったのに。なんなん、この寂しさは。
私なんて、そんな熱心なヲタクでもなかったけどさ。
"時間をかけて、終わらせてくれたこと。"
それはきっとファンの心を案じてのこと。
その優しさは、大当たりで、みんなそれぞれに心を整えて、想いの濃度を薄めてきたよ。
だから、静かに暴れてる。
ひとりで、こっそりと。
2026年6月なんて、永遠に来なければいいのに。