勢いだけで独立した建築系職人の独立から継承まで -12ページ目

勢いだけで独立した建築系職人の独立から継承まで

学歴が無いからと独立をあきらめかけている職人のあなたへ

こんにちは奥田です。

昨日は軽く家の掃除
と言っても、高くて届かないところだけ、脚立で移動しながらチョイっと、終わり(笑)

すぐ終わりました。

我が家には料理好きと掃除好きがいるからなんです。嫁さんとお母さん助かります。いつもありがとう!

掃除も毎日やってくれているのでほとんど出番はありません。楽ちんでした。


そして今朝、いつも通り、ちょっと遅めか?テレビでは、はじめてのお使いがやってました。

来年の1月の放送のための予告、以前の特集みたいなのをやってました。

これを見ると思い出すんですね。私のはじめてのお使い(笑)

それは小学校の低学年、ちょっと遅めのお使い。
1人ではなく、1つ上の兄と一緒に2人で。

親戚のおじさんがやってる靴屋へ行って靴を買う。これが任務だったと思う?当時はかなり遠かったように思いました。

調べてみました。5キロほど!それだけしかなかった?今みるとそれくらいか?と思う距離でした。

電車かバスで30分ほど。

1年かな?2年かな?それくらい、なので兄は2年か3年。バスに乗って行ったか?電車かも覚えてない。

私は行き先は知ってましたが、兄について行くだけでした。どんどん不安になってきたことだけは覚えています。

兄と2人、それも1つ上。大丈夫か?行けるのか?帰ってこられなくなったら?そんなことを考えてたかは不明(笑)

とにかく不安で怖かったのでしょう?私はどっかで1回ワンワン泣いてました(笑)

それを宥める兄、いや、さすがでした。どうやって行って、何を買ってくるのか、また帰りもちゃんと帰ってきました。

それに比べ、私はどうやって行くのかも?何を買ってくるのかも、帰りの道順さえもわかってませんでした。

ただ、兄についているだけでした。それも今すぐにでも出てくる涙を堪えながら必死に我慢して。

頼まれた荷物も、途中、私も荷物を持ってましたが、重いと弱音を吐き兄に持たせて帰ってきました(笑)

今考えてもショボって思います。1つ違いなのにこんだけ違うの?情けない(笑)

なんでや?なんでや?考えてました。
確かに兄は我慢強いし、何やらしても最後までやりよる。

それが私といえばいつも中途半端です。ここの違いか?ハハハ、そらしゃーないです!(笑)
笑えないけど事実なんですね。根性なし。

これで片付けてしまうと、もはや生きていけないので、違う角度で見てみると。

責任感だけやろ!兄が出来たのは、おかんに任されたからやろ?そう思いたい。俺にもできら〜い(笑)

けど、正直言って、今でもあのはじめてのお使い程不安やったことはないかもしれない。そのときはそれくらい不安でした。

その後そんなに不安になることをやったことがないし、選んだことがないんです。たぶん(笑)

結局は避けてきたんでしょうね!あ、これは怖いし危険!そう思って選んで生きてきたんです。

自分の出来る範囲で、やってきたんだと。そんなこと考えてました。

あのとき、自分が任されてたら出来てた!そう思うんです。ほんまかい(笑)

ただ責任がなかっただけでした。

いや、負け惜しみではなく、責任を負えばみんな同じなんだと思うんです。

でも、あのときの私のように、責任を持たずついて行くだけだったので、迷子になったように不安になったんです。

今思えば、あのとき私がワンワン泣いたとき、兄も同じように泣きたかったはずだと思います。

ここで泣いてはいけない、行かなければ!兄がそう思ったかどうかは聞いてません(笑)たぶん泣きたかっただろうと思うんです。思いっきり。

意地と責任で生きていく。

ただ、それだけだったのでは?そうも思います。

さー来年こそは、行くで

そやけど、道端で泣かんようにせんとね(笑)

今日も最後まで読んでいただいて
ありがとうございます。