うわああぁぁぁ!!

町の中心まで一つ目の巨人は入り込んでいた。

殺戮から逃げ惑う人々で、町の中心から噴水広場までは人の波で溢れている。

「予想以上に酷い状態だな……」

「くそっ!!町の入口を塞ぎきれなかったから、こんな事に……」

ロイとガラバが唇を噛み締めた。

「悔やむのは後だ!!今は一人でも多く助けて、一分でも早くコイツらを町の外へ追い出すぞ!!」

ディルムッドはそう言うと、近くで襲われている女性の救出に入る。

「結局、女を助けるのか……。まぁいい。ガラバはオレと一緒に二人で一匹づつ確実にしとめていくぞ!!」

ガラバは頷くと、聖剣【ガラディーン】を見つめた。

(今のオレは、一人前の半分の力もないかもしれない。それでも町の人を救う為に、今の自分に出来る事を精一杯やるんだ!!)

ガラバは軽く息を吐いた。

それと同時に、ガラバの肩から力が抜ける。

「フッっっ!!」

ガラバは変な力が抜けた状態で、目の前の一つ目の巨人の足を斬り付けた!!

ガシュュ!!

金色の軌跡が一つ目の巨人の足を貫き、次の瞬間、足と胴体が離れ離れになった巨人は大地に崩れ落ちる。

「オレにも……出来た……」

興奮で少し震える手を抑えながら、ガラバが呟く。

「よくやった!!」

叫びながら、地に伏せた一つ目の巨人の首をロイが斬り捨てた。

「次、行くぞ!!」

ロイの言葉に視線を前に向けたガラバに、人々が逃げ惑う姿が映る。

一つ目の巨人に視界を塞がれていたが、目の前の視界がクリアになった事と、自分もやれるという自信が、ガラバの状態認識能力を高めていく。

「くそっ!!男は女、子供を守れ!!」

群れをなして逃げる町の人々に向けて、ガラバは咄嗟に叫んでいた。

「その通りよ!!逃げるだけじゃなくて戦うのよ!!」

逃げ惑う人々の先から聞こえてきた女性の声に、人々の視線が集まる。

その瞬間、人々の頭上をジャンプし、回転しながら飛び越える人影が見えた。

藍色の長い髪が美しく棚引き、まるで女神が降臨したかのように、地面に着地する。

「男性は武器を持って、女性・子供を護りながら退路を作って!!戦わなきゃ護れないわよ!!」

強い口調で、凛々しく指示を出す女性に、ガラバは一瞬見惚れた。

「そうだな!!オレ達の町、オレ達の家族を護るんだ!!騎士だけに任せっぱなしじゃいけねぇ!!」

何人かの町の男達が、退路側にいた三体の一つ目の巨人と逃げる町の人々の間に割って入った。

その時、更に後方から大きな声が響く!!

「それじゃ駄目だ!!男が皆強い訳じゃない!!戦えない人は下がってください!!無駄に命を散らす必要はない!!」

その声があがった方から一陣の朱い風が吹き、正に町の男性達が戦おうとしていた一つ目の巨人三体の首が一瞬で飛び散る。

(なんだ??今の衝撃は??剣圧だけで……??)

ガラバは、朱い疾風の駆け抜けた先に目を追う。

そこには朱色の鎧を纏った、小さな男が一人立っていた……
「おい、あんた。この戦場はキツいだろ??下がって町の人達の護衛に廻ってくれ!!」

金色の剣【カリバーン】を握りしめた男、ガルスロットが、尻もちをついたガラバに手を差し出す。

その手を掴み立ち上がったガラバは、ガルスロットを睨む事も、怒りの声一つもあげられない。

「お前達もここはいい!!あの足手まといを連れて、町の人達の護衛に廻れ!!これだけの数の敵だ!!面倒見きれん!!」

そんなガラバの耳に飛び込んできたのは、フィアナ騎士の総隊長フィンの怒鳴り声だった。

(畜生!!なんでこんな言われ方をされなきゃならない!!オレだって必死に戦ってるのに!!)

【ガラディーン】を持つ手を震わせながら、しかし棒立ちになるガラバに、一つ目巨人の巨大な腕が振り下ろされる!!

ガスっっ!!

間一髪、智美の作り出した水の玉が腕の動きを封じ込めた。

「ちょっと!!いい加減にしてよ!!」

「男ならシャンとしてよー!!これじゃ、弱い時のカズちゃんの方がまだマシかも……」

智美と絵美がウンザリした表情を浮かべる。

「オメーらイイ過ぎだ!!更に追い撃ちかけてどーすんだよ!!一真から見れば、昔も今もオレらだって奴と変わんねーかもしれねぇだろ!!」

鎌鼬でガラバに攻撃を仕掛けた一つ目の巨人を迎撃しながら、航太はガラバの背中を叩く。

「オレらも、最初は今のキミより弱く信念も無かった。だから大丈夫だ!!」

「な………何が大丈夫なんでしゅか??」

航太は戦場で長々と話せなかったので、自分の思いを伝える最小の言葉を使ったが、ガーゴにツッコミを入れる絶好の機会を与えてしまった。

「うるせー!!アヒル!!とにかく、ここはオレ達に任せて、キミ達は逃げている町の人達を守ってくれ!!」

航太が渾身の力でエアの剣を振ると、広範囲に発生した鎌鼬が大地を疾風の如く走り出し、一つ目の巨人達の足を次々と切り裂いていく!!

ギャオオォ!!

なす術もなく倒れていく巨人の先に、町の奥に続く道が見えてくる。

「足が復活する前に早く!!町の中に入るんだ!!」

航太の叫びに、ガラバがいち早く反応した。

ロイもガラバのすぐ後に続く。

「ちっ!!仕方ねぇ!!町の人間が死んじまったら、町だけ守っても意味ねぇか」

ディルムッドも二人の後に続いた。

「アンフィも早く来い!!」

町の奥の道に辿り着いて、振り返ったディルムッドの視界には、足が復活し始めた一つ目の巨人が映る。

「アンフィ!!」

「ディル!!行って!!こっち片付けたらスグ行くから!!」

一つ目の巨人の壁の先から、アンフィの声が聞こえてきた。

「まだ、そっち側にいんのか!!待ってろ!!」

ディルムッドが【ガ・ジャルグ】で、まだ倒れている一つ目の巨人の頭を突き刺し、再び混戦の中に飛び込もうとする。

「ディルムッド待て!!あっち側にはお前の主も、助っ人もいる。オレ達といるより安全かもしれん」

「早く町の人達の脱出ルートも確保しないと!!このままじゃ、町が一つ目の巨人で覆い尽くされちゃうよ!!」

ロイとガラバの声を受け、ディルムッドの動きが止まった。

(くそっ!!すまねぇアンフィ!!必ず来いよ!!)

ディルムッドは一瞬足を止めた後、ロイ達の元へ走り出す。

(何か嫌な予感がするが、ロイの言う通りだ。ガラバをフォローしながら戦うより、向こうで戦ってた方が安全だ……)

ディルムッドは不安を胸の奥に押し込みながら、ロイ達と供に町の中心に向けて走り出した。
ザシュ!!

茶色い髪を靡かせ、体も顔も小さい女性が、今まさにディルムッドに攻撃をしかけようとしていた一つ目の巨人の腕を切り裂いた。

「アンフィ!!助かったぜ!!だが、あまり前線に出てくるな!!こいつら、思いの外強い!!」

逆に不意をつかれた一つ目の巨人を背後から襲った【ガ・ジャルグ】が、ディルムッドの手に戻ってくる。

「よく言うよ。やられそうになってたクセに」

その悪態の言葉に似合わず、アンフィと呼ばれた女性は、屈託のない笑顔をディルムッドに見せた。

「仕方ねぇ!!オレの傍から離れんじゃねーぞ!!」

残ったもう一匹の一つ目の巨人に二本の槍を向けながら、ディルムッドはアンフィに声をかける。

「はいはい。相変わらず強気だねー。」

ディルムッドの横で細身の剣を構えるアンフィは、身体は華奢で頼りない印象を受けるが、その表情には余裕さえ見受けられた。

「彼女は??あっさり敵の腕を切り裂いたけど……」

ガラバはアンフィの細い腕を見ながら、狐に抓まれたような表情で動きを止めてしまう。

「ガラバ!!戦闘中だぞ!!ボーっとするな!!彼女はアンフィ。フィアナ騎士の一人だ!!お前より強くて当然なんだ!!そんな事より、今は目の前の敵に集中しろ!!」

そんなガラバを見て、ロイが大声で叫ぶ。

一つ目の巨人は続々と町に入り込んでくる。

戦っている四人の脇からも、次々に巨人の侵入を許していた。

(そうだ。今は自分の力不足を嘆いている場合じゃない!!ガラバ!!お前はこの町を守るって決めたんだろ!!)

ガラバは自分の頬を一度張り、気持ちを入れ直す。

そのまま、ロイの背後から迫る一つ目の巨人の頭に、【ガラディーン】を突き刺す!!

しかし【ガラディーン】は尖端だけしか刺さらず、一つ目の巨人はその攻撃を気にもしないで、その腕をロイに目掛け振り下ろそうとする。

「ロイ!!後ろだ!!」

ガラバは叫ぶが、ロイは目の前の一つ目の巨人の攻撃を躱すので精一杯で、後ろを気にする余裕がない。

(くそっっ!!)

ガラバは【ガラディーン】を一つ目の巨人の頭から引き抜くと、振り下ろされる腕の軌道に自らの体を入れる!!

(これまでか……)

ガラバは、その攻撃の迫力に思わず目を瞑ってしまい、自らの死を覚悟した………

正にその瞬間!!

ビュンビュン!!

ザシュ!!

凄まじい風切り音の後に、何かが切断される音がする。

恐る恐る目を開けたガラバの視界に飛び込んできたのは、自分の目の前を浮遊する水の玉と、水の刃が一つ目の巨人の首を切断する瞬間だった。

ガラバの足元には、これまた切断されて間もない巨大な腕が落ちている。

(確実にオレは死んでるタイミングだった……。何で生きてるんだ……??)

ガラバは【ガラディーン】と自らの腕を確認し、自分が生きている事を確認した。

「大丈夫ですか??」

ショートカットの女性が、そんなガラバに走りながら近寄ってくる。

「智美!!横だ!!」

男の声がガラバの耳に届き、ふと上を向くと、今度はガラバの視界に一つ目の巨人の足の裏が飛び込んできた!!

「うわあぁぁぁぁ!!」

思わず顔を覆うガラバと一つ目の巨人の間に水の玉が入り込み、一つ目の巨人の足の動きを止める。

(水が……守ってくれた……??)

不思議な顔をするガラバの頭上を今度は鎌鼬が通過し、その鎌鼬が一つ目の巨人の足を切断した。

「二つ目、頂きだ!!いや、一つ目の二匹目か!!」

意味不明な叫びの後に、金色の閃光が、足を切断されバランスを失った一つ目の巨人の首を切断する。

(何なんだ、コイツら………)

ガラバは戦場で一人、自分の無力さと弱さを感じていた……

「あち~~~!なんでこんな暑いんだ!!!…………夏だからか……」

意味不明な一人ツッコミを決めたこの男【鷹津 航太】は長野県にある北信大学の3年である。

航太は夏休み前の最後のゼミを終え、サークル活動している教室に向かっていた。

「だいたい、なんでサークル室が校舎の別棟になってんだ!!外歩くから暑いんだ!!」

ブツブツいいながらもサークルを行っている教室にたどり着き、おもむろにドアを開ける。

教室からはクーラーの涼しい風に混じってシャンプーの爽やかな匂いが流れ出た。

「航ちゃん、何独り言いいながら歩いてんの!!教室の中まで聞こえてたょ♪ぷぷっ」

教室に入るなり笑い声をあげているのは、同じく北信大学の3年である【神藤 絵美】

彼女は航太の幼なじみで、絵美の向かいに座っている【神藤 智美】と双子である。

絵美はロングの髪を揺らし、アヒルのヌイグルミを抱きながらケラケラ笑っている。

「航ちゃんがバカなのはいつもの事でしょ。それより夏休みの計画たてようよ」

顔は絵美とそっくりだが、ショートで知的な智美が、収拾がつかなくなる前に話をまともな方向に切り替えた。

今年の夏休みは、航太と一つ年下の義理の弟【鷹津 一真】と絵美・智美の4人で旅行に出かける予定なのだ。

「智美クン……相変わらずサラっとキツい事言うねぇ……とりあえず湘南の海!!で、東京ブラつくでよくね!!」

航太はおおざっぱなな計画を言いながら、椅子に座る。

絵美も「私も同意」とばかりに頷く。

「私、ディズニーにも行きたーい♪」

と言いながら、絵美は立ち上がり【ガーゴ】の手を動かし始めた。

「ガーゴもネズミの楽園でハシャぐんでしゅよ~~。海の楽園も行くでしゅ~~」

絵美はガーゴが喋っているように声色を変えながら、ガーゴの手で智美の頬をペチペチ叩く。

目を瞑りながら、されるがままガーゴの攻撃を受け続ける智美は、「はぁ…」と深い溜息をつき、そのままの状態で口を開く。

「今回の旅行は一真の願いを叶えるための旅行だよ。まずは湘南の海で試してみないと……」

真剣な智美の言葉に絵美はガーゴを動かす事を止めると、そのアヒルのヌイグルミを大事そうに抱きしめながら椅子に座った。

航太も真面目な表情になり、太陽の光が降り注いでくる窓辺に視線を移す。

「まぁ……一真の願いが叶って欲しいけど、叶っちまったらどうなるのかな??オレ達??」

一真の願いとは、この世界に存在していると言われている、北欧神話の舞台のようなもう一つの世界に行く事である。

こんな突飛な願いを、大学生の航太達が叶えようとしているのには理由がある。

一つ目は、一真の父親が航太や神藤姉妹が子供の頃にリアルな神話の話を聞かせていた。

そして、一真の先祖はその神話の世界から来たと真剣に話をしていた事……

二つ目は、一真の両親が交通事故で亡くなった時遺品として残された二振りの剣の存在……

【エアの剣】と【グラム】と呼ばれる二振りの剣は、この世のものとは思えない神々しさがあった。

そして神藤神社に伝わる【天沼矛】【草薙の剣】【天叢雲剣】の存在……

これらの神剣を使えば、神話の世界の扉が開くという一真の父の遺言……

4人は子供の頃にそんな話を聞いていた為、自然と北欧神話や神話の話に興味を持った。

しかし子供の頃には本気で信じていた話も、大学生にもなれば半信半疑になる。

それでも一真だけは今でも本気で信じているし、航太達も興味はある為、「やるだけやってみよう」と言う話になったのだ。

そして「先祖の生きた世界を見てみたい」という一真の言葉も3人の背中を押している。

一真は若くして両親を亡くし、航太の両親に引きとられた。

普段から遠慮がちで、航太の両親に迷惑をかけまいと、学費の安い国立の看護学校に通っている。

そんな一真の唯一の願いを、航太も神藤姉妹も叶えてあげたいと思う気持ちが強くある。

「確かに、向こうの世界ってどんなトコかなぁ~~♪ちょっと楽しみだったりして♪」

絵美が変わらず、ガーゴを振り回しながら明るい声で話す。

「そう言えば、一真は今日何時に終わるんだっけ?学校終わったら、すぐに行くんでしょ?」

智美が荷物をチェックしながら、時間を気にする。

「夏休み前は必ず大掃除するらしいから、2時ぐらいかな?看護学校って義務教育時代みたいだよなー」

航太も荷物を確認しながら、長細いバッグに目をやった。

「とりあえず車に乗り込んじまうか!荷物バレたらオレら銃刀法違反で御用だぜ!!」

「そだねん♪買い出ししてからカズくん迎えに行けば時間ピッタリじゃない??向こうでカップラーメンとか食べれるかなぁ~~♪♪」

絵美は鼻歌交じりに買い物リストを作成している。

「ま、東京見物メインの旅になるだろーから、向こうの世界用の買い出しはホドホドにな!じゃー行くか!!」

3人は荷物を持って教室を後にした。

教室の外に出ると、熱気が体に纏わり付くような感じがする。

航太は半信半疑な気持ちと、一真の願いが叶えばいいと思う気持ちが重なり合い、変な感情を抱いていた

(考えてても仕方ないか……)

3人は航太の運転する車に乗り込み、一真の迎えに向かった……

この時3人は向こうの世界に行く事など、本気で考えてはいなかった……
同じ地球の中にあって現代社会と異なる世界。

そこは神族・人間・巨人族が共存する世界。

アースガルズ。世界の中心でありアース神族の住む大地。

ミッドガルド。中央の囲いと呼ばれ人間が作り上げた大地。

ヨトゥンヘイム巨人族が支配する大地。

この3つの大地を巡る壮大な物語が幕を上げる

アースガルズの悲劇と共に……………
数日前より、アース神族の主神オーディンの息子バルドル悪夢を見ていた………

バルドルは眠ると、決まって戦場のど真ん中に放り出される。

そして抵抗もできないまま自らの体を切り刻まれ、死の直前に現実の世界に引き戻される………

目覚める度に大量の汗をかき、バルドルは精神的な疲労から、みるみるうちに衰弱していった。

毎晩のようにうなされ、衰弱していく息子を見ていられなかったバルドルの母でありオーディンの妻であるフォルセティは、これ以上バルドルが悪夢を見ないように、この世に存在するあらゆる精霊と契約を結んだ。

アース神族・人間・巨人族、そして全ての物質がバルドルを傷つけないという契約を……

フォルセティと精霊の契約により、バルドルはいかなる物でも傷つかない体となった。

主神オーディンの雷槍・【グングニール】、雷神トールのウォーハンマー・【ミョルニル】でさえも、バルドルの体を傷つけることが出来なくなっていた。

バルドルは悪夢から解放され、悪夢を見る前の優しく明るい笑顔を見せられるまでに回復する。

その穏やかな笑顔に神々は癒され、容姿端麗で性格も良いバルドルの回復に特に女性は心から喜んだ。

さらにオーディンとフォルセティの結婚記念日も近く、アースガルズでは盛大な宴を開催することとなり、アース神族の全ての神が集まってきた。

宴では、酒を酌み交わす者、談笑する者、踊り回る者………

大勢の神々によって活気づき、正に佳境を迎えていた。

そんな中、この宴の輪の外から宴を眺める男がいた……

彼の名は【ヘズ】

主神オーディンの息子にしてバルドルの弟である。

彼は生まれつき盲目で、兄・バルドルと違い控えめな性格だった。

常に多くの神々に好かれている兄を尊敬しているが、その反面バルドルに嫉妬感を抱いていた。

盲目でなければ兄のように自分も両親や他の神々にも認めてもらえたのではないかと……

「兄さんはいいな……」

ヘズはそんな事を思う自分に嫌悪感を抱いていた。

ヘズの他にもう1人離れた場所で宴を眺める男がいる。

男の名は【ロキ】

ロキはふと、自分の腰にかけてある一振りの剣に視線を落とす。

彼の視線の先にあるのは木製の剣で、見た目は軽そうだが剣先は鋭く、まるで何者も貫き通すような矢にも似ている。

さらにその刀身にはルーン文字が刻まれ神秘的な存在感をかもしだしていた。

ロキは剣から視線を外すと、傍らに座っているヘズにゆっくりと歩み寄った。

そしてヘズに話しかける。

「バルドルはどんな物でも傷付かない体になったそうだな」

ロキの気配を感じ、ヘズは少し体をズラした。

ロキは義兄弟であるが頭が切れ冷徹である為、ヘズは少し苦手である。

「兄さんは父や母、他の神々からも愛されてる。悪夢を見ただけで心配される……けど、オレは違うから……」

そう言うとヘズは歓声が聞こえる方に顔を向けた。

彼の表情は先程は違い、嫉妬の念を含んだものに変わっている。

そんなヘズにロキは囁きかけた。

「お前の兄、バルドルは傷つかない体になったんだ。あちらでは他の神々が今、正にそれを証明している。お前もやってみろ、今日は宴だ。その位許されるだろ?」

ロキはそう言うと自分の腰から剣を抜くとヘズに手渡した。
宴ではロキの言葉を証明するように神々がバルドルの体に剣や斧を振りかざす!

神々の攻撃を受け、よろめくバルドル。

しかし彼らの攻撃に対しバルドルは痛みを感じなければ傷つくこともなく、笑いながら攻撃を受けていた。

周囲の歓声を聞きヘズは思う。

(確かに今日だけが今までの嫉妬心を兄さんにぶつける事ができる。明日からはまた良い弟を演じればいいんだ…)

ヘズは傍らにいるロキから剣を受けとると、歓声の上がってる方へ、ゆっくりと歩き始めた。

宴の中心に近くにつれて、バルドルを囲む神々の歓声が一段と高まっていくのが分かる。

ヘズは周囲の気配から、おそらく自分の少し先に兄がいると感じていた。

一歩一歩、確実に近づいていく。

そんな時、近くにいた神がヘズに声をかけた。

「お、ヘズもやるか?バルドルならその先だぜ!試しにやって不死身になった兄貴を祝ってやれよ!」

彼の言葉通りヘズは真っ直ぐに歩いていく。

そして、一際歓声の高い輪の中へたどり着くと、その場で足を止めた。

(この先に兄さんがいる……!)

兄の気配を感じとり、ヘズはロキから手渡された剣を構える!!

「ヘズ、心配かけてゴメンな。でも、これからはお前の事も守ってやれる。一緒にこの国を支えていこうな」

優しい声で囁くような兄の言葉を聞き、ヘズは一瞬躊躇した。

(やっぱり兄さんは優しい。でも、オレは見下されているように感じるよ……)

確かにバルドルには、傷つかない体になった優越感があったかもしれない。

それが今のヘズには、気に障って仕方なかった。

誰にも傷つけられるはずのないバルドル。

ヘズは躊躇いなくバルドルの心臓目掛けて剣を突いた!!


「……ぐっ……………はっ…………」

次の瞬間、バルドルは絶叫と共に血を吐き、地面へと倒れ込んだ。

錆びた鉄のような臭いがヘズの鼻をつく。

バルドルの体から滴り落ちる赤い液体が、辺り一面を赤く染め始めた。

さっきまでの歓声が一瞬にして沈黙……そして、ざわめきに変わり中には悲鳴をあげる者もいる。

周囲から神々が後ずさっていく気配が、ヘズには感じられた。

(何…………が……………?)

自分のした事の意味が理解出来ず、ヘズは絶句する。

そんな目の前の光景を目にし、ロキはほんの少し口元に笑みを浮かべた。

ロキは【宿り木】でできた剣のみがバルドルを殺せる事を知っていたのだ!!

【宿り木の剣・ミステルテイン】

【宿り木】は唯一、フォルセティが契約出来なかった精霊である。

契約をした時は【宿り木】はあまりに幼く、精霊がその力を発揮するには不十分だったからであった。

ロキはその事実を知り【宿り木】の成長を促進させ、数日で精霊の力を解放させたのだ。

ロキは成長した【宿り木】をアースガルズ最高の鍛冶屋である【イヴァルディの息子達】という小人に託し、剣を鍛えさせた。

むろん、この事実を知るのは彼……ロキのみで、他の誰も知る由などない……

そして、【ミステルテイン】の一突きによりバルドルの心臓は止まった……

混乱の中、ヘズは盲目でありながら、いや盲目だからこそ、大勢の神々の視線と殺気を敏感に肌で感じていた。

無理もない。

どのような攻撃を受けても傷つかないバルドルを……大切な存在だからこそ不死にしたバルドルを殺したのだから……

「バルドルっ!!」
高台に設置してあった椅子から急ぎ立ち上がると、転げ落ちるようにバルドルの側に駆け寄った人影があった。

バルドルとヘズの母、フォルセティである。

「ヘズ!!あなた何て事を!!」

そう言うフォルセティにも混乱があった……

(傷つかない体にしたのに何故………?)

しかしその思考も、再度地面に倒れている息子・バルドルに目がいった時に途切れ、関を切ったように涙が溢れた。

そしてバルドルの名を何度も呼びながら、倒れているバルドルを抱き寄せる。

そして、高貴な衣装が血で汚れるのもかまわずに力いっぱい抱きしめた。

フォルセティの横に座っていた男は、フォルセティとは違い、椅子から立ち上がったまま動こうとはしない。

しかし、怒りにより肩は震え、目はカッと見開いていた。

その視線の先にはヘズがいる。

「ヘズ………我が息子とはいえ、バルドルを殺した事は許される事ではない!!」

その男、オーディンはそう言うと【雷槍・グングニール】をヘズに向けて投げつけた!!

世界最強クラスの投擲武器【グングニール】がヘズを捉える!!

かに見えたが、もう一つの神器・ウォーハンマー【ミョルニル】が飛んできて【グングニール】と激突!!

二つの神器を中心に、凄まじい雷が光の龍の如く周囲に舞う!!

「ぐわぁぁぁ…………ぐふ!!」

ヘズはその雷に打たれた!!

二つの投擲武器は雷が収まると主の手の中へ戻っていく。

「気でも狂れたかっ!!オーディン!!」

【ミョルニル】を構え、雷神トールがヘズとオーディンの間に割って入る。

「ヘズはロキに唆されて剣を振ったにすぎん!!殺す気などなかったわい!!」

トールは大声で言うとオーディンに近づく。

「ロキは【宿り木】の剣ならバルドルを殺せる事を知っておった!!【宿り木】をわざわざ剣にするよう【イヴァルディ】に依頼したのは奴じゃからな!!」

「ならばロキが全てを企んだのかっ!!許せん!!」

オーディンは怒りの矛先をロキに変え、再び【グングニール】を構えた!!

【グングニール】を持つ右腕は力が入り震えている!!

トールも【ミョルニル】をロキに標準を合わせた。

「ロキよ、裁きを受けるのじゃ」

トールはそう言うと【ミョルニル】をロキに向かって投げ付けた!!

オーディンも震える右手で【グングニール】を投げる!!

ロキは避けようともせず、無防備で二つの最強投擲武器の攻撃を受けた!

二つの神器がロキを貫き、雷がロキを襲う!!

しかし、ロキは平然とそこに立っていた……

雷が飛び交う中、辛くも一命を取り留めたヘズは、薄れゆく意識の中で

「実験は成功だ!!」

というロキの声をはっきりと聞いた……

しかしヘズは意識を保っていられる状態ではなく、意識は深い闇の中へ落ちていった……
オーディンとトールの攻撃を無傷で受けたロキだったが、ヴァン神族の戦神フレイに捕らえられてしまう。

巨人族(以後ヨトゥン)の血を半分引きながら、その知性と力で神の中の神、オーディンに認められ、義理の息子になったロキ………

しかし、息子殺しを計画した主犯としてオーディンの怒りをかってしまった………

ロキは自らの息子を縄に変えられ、その縄で体を縛られ、ヨトゥンヘイムに近いミッドガルドの地下牢の奧に吊されるというアースガルズ最高の罰に処される事になる……

フォルセティは二度と悲劇が起きないように、アース神族・人間・ヨトゥンが【ミステルテイン】の力を発揮できないように【宿り木】の精霊と契約を結んだ。

その後、バルドルを殺した忌まわしき剣をアースガルズには置いておけず、ミッドガルドのベルヘイム国に【ミステルテイン】の保有国として托す事になる……

ロキの傷つかない体……

ロキの残した謎の言葉……

【ミステルテイン】が人間界に托された意味……

そして全てを知るロキの真意は……

様々な謎を残し、物語の幕は上がる…………
「なんだ!!今の音は!!」

酒場の中は騒然となる。

外に飛び出す者、テーブルの下に頭を抱えて隠れる者、耳を塞ぐ者………

今までの雰囲気は壊れ、酒場の中は恐怖と不安に支配されていく。

「火だ!!家が燃えてるぞ!!」

外に飛び出した男が、大声で叫ぶ。

酒場の開いた扉から、熱気と人々の絶叫が流れ込んできた。

「くそっ!!今日の今日で、また攻めて来たのかよ!!」

ロイは壁に立てかけていた神剣【モラルタ】と【ベガルタ】を手早く掴み、いち早く扉から外に出る。

「今日で仕留めてやる!!ついて来い!!」

ディルムッドも二本の槍、【ガ・ジャルグ】と【ガ・ホー】を握り締め、外に踊り出た。

(今日、この時から新たなオレの戦いが始まるんだ!!聖騎士として……必ず人々の笑顔を守り抜く!!)

ガラバの決意に答えるように、【ガラディーン】が一瞬金色に輝いた。

「頼む………町の皆を助けてやってくれ!!」

横にいた初老の男が、ガラバの肩に手をかける。

その手から伝わる想いを、ガラバは心の奧で感じとっていた。

「ああ……ヨトゥン軍に所属しているオレを受け入れる気持ちを見せてくれた皆の為に、オレは戦う!!見ててくれ!!」

ガラバは決意の表情を初老の男に見せた後、酒場の外に歩み出る。

ガラバの視線の先には、空間を赤く染める炎と、逃げ惑う人々……。

ガラバは逃げ惑う人々の流れに逆らうように、炎の立ち上る方向に歩いていく。

徐々に熱気が強くなり、歩いているだけでも、身体にジワッと汗が染み出してくる。

だが、そんな事が気にならない程ガラバは気分が高ぶっていた。

「ガラバ!!まだ逃げ遅れている人達がいる。民家から巨人どもを引き離すんだ!!」

ガラバの視線の先に、一つ目の巨人と対峙しているロイが映る。

「分かった!!やってみる!!」

【ガラディーン】が、ガラバの意思を具現化するように、金色に輝き始めた。

気付けばガラバの周りにも、何匹かの一つ目の巨人が現れている。

そのうちの一匹……

民家の方に動いている一つ目の巨人の前に、ガラバは瞬時に立ち塞がった。

「たああぁぁぁ!!」

そのままの勢いでジャンプすると、一つ目の巨人の頭上から【ガラディーン】を振り下ろす!!

ガシュ!!

ガラバの考えでは、一つ目の巨人の肩から胸まで切り裂ける筈だった…………

しかし…………

【ガラディーン】は一つ目の巨人の肩の皮膚に少し減り込んだにすぎない。

「なっ…………どうして斬れないんだ!!」

「ちっ!!神器の力に頼り過ぎだ!!【ガラディーン】が、いくら優れた聖剣でも、ただ振り回すだけじゃ力は発揮しやしねぇぞ!!」

狼狽するガラバの横から、ディルムッドが【ガ・ジャルグ】を一つ目の巨人に向けて投げつける。

が………

【ガ・ジャルグ】は一つ目の巨人に躱されてしまう。

「ディルムッド!!まずい!!」

狙いを替えた一つ目の巨人と、元々ディルムッドと戦っていた一つ目の巨人が、【ガ・ホー】のみを構えるディルムッドを挟み撃ちにする。

「まじぃ!!」

予想以上に素早く動いた一つ目の巨人に、ディルムッドが不意を突かれた!!

その時、心地よい爽やかな風がディルムッドを包み込んだ………