目指すはマイクロ鉄道評論家「ヂン」 -5ページ目

目指すはマイクロ鉄道評論家「ヂン」

ここではわたくしの鉄道に対するネタを主体とし、日本の旧国鉄~すなわちJRのここが良い悪いを論ずると致します。鉄道マニア必見。車ソレ有り。返事は答えにくい場合できませんのでその辺はご了承願いますト

本日はシリーズ②で、北九州へおばあちゃんが帰って行くということで我々が東京駅まで見送った思い出を伝えていきます。



梅雨明けくらいだったかなと思われる時期に、わたくし達は勤務中の父を除いて母と姉とわたくしにて祖母を送り尽くしました。今思えばわたくしも北九州へ連れてって欲しかっただわん🐶(笑)

最寄り駅の笹川から1枚目画像と全く同じ電車の165系急行「水郷」へ乗車。グリーン車の隣である3号車(パンタグラフ付き部分低層天井車両)に座り、窓際に栓抜き付テーブルを搭載したボックスシートにぴたりと四人で満喫しました。

お天気最高😉
まともに急行を味わったのはちょうどわたくしが
五歳の頃となります。千葉県内では他にも「水郷」と別に数種類の急行が運行されていました。(2枚目画像)



残念ながら鹿島線を走行する急行「鹿島」のマークがない上、急行においては「水郷」しか乗ったことがありませんが、思い出を振りかえると車内販売は営業されていた記憶があります。冷凍みかん🍊を母が買ってわたくし達にあたえてくれたよーな(笑)

あと、お菓子をわたくしが唯一持っていて丸いコーラの飴玉をくちへ丸々ほお張っていたのを思い出しました😅

急行は両国や新宿が終着の為、錦糸町駅で快速を拾わねばなりません。当時、グリーン車も無かった総武快速113系はクーラーが所々しか装備されて無かったみたいですが、天井に扇風機があったかどうかまでは忘れてしまいました😰



昼前後くらいに東京駅の新幹線ホームへ乗り入れて、ついにおばあちゃんとお別れです😢😭とは言っても泣いてませんでしたが(笑)

おばあちゃんが乗った新幹線は小窓の0系1000番台、山側におばあちゃんは座っていました。窓をみつめながらわたくしと姉は一生懸命になりながらおばあちゃんを手振りで見送ります。そして、ついにおばあちゃんは去っていきました🚅



その後、わたくし達はある道具を持ちながら東京駅地下ホームへ戻り、特急「しおさい」に乗車して銚子駅へと向かうのでありました。何故、自宅を経由せずにいきなり銚子なのかと言いますと、わたくしと姉は絵描きを習っていたからであります😅その準備もありながらだったのですね😊

おばあちゃん👵、気を付けて帰ってね🙆
(実は、翌年も祖母は駆けつけてくれました。姉にピアノを買ってあげたり、家事を気持ち良く手伝ってくれたり、などわたくしが幼稚園児の頃より増して長期滞在して世話をしてくれたのですが、ちょいとした訳ありで10月に九州へ戻りました。わたくし自身はまた、会いたいと思いました。)