猫星の気候や土壌・水に合う野菜や果実を育てる夢物語りブログ、画像メインのガーデニングともども‥お眼鏡に叶えばさいわいです。
播種した場所の一角に顔を出した双葉が2つ。どれどれと目を近づけて確かめたところ、丸っこい葉っぱは青シソに見える。いつ蒔いたのだったっけと確認すると、日が経つのは早いもので2週間前の今月7日になってる。このところ雨が続いていて、お陰さまで発芽できたのだろうな。少なくとも10株ほどは芽を出して欲しいから、それまでは乾燥しないように用心して観察していきたい。そうそう、明日は双葉の画像を撮ってココに載せておきたい。それにしても打算的な私の接しかたに生ある存在はナニかを感じるだろうな。この場合の打算は大葉のためを想ってのモノでなくて、だから「食い物にしてやろう」という私の魂胆がアリアリと感じられても仕方ない。自分を偽らない主義だから私は大葉を愛してるなんて思わないし言う積りもない。私は己に偽らせる所業をさせられない。他人を偽るのは悪いと思わなくても己自身に偽らせるような酷いことは断固としてさせられない。他人と違って私は風変わりな人格に思われるかも知れないけど、私は己が第一で、他人は第二・第三の位置づけなのです。そうすると「それは駄目。私を第一に考えてほしい」と主張する織姫かも彦星かも知れないから、そうなると私は他人に気に受入れられないってことにもなる。その場合は、ヨクヨク考えてごらんと私は恋人に主張する。こんな私にキミは裏切られた覚えがないだろ?「キミが第一だ」と言う恋人と比べてごらん?キミに誠意で接しつづけられるのは「己の誇りが第一という現実主義の私の筈だ。自分は嘘つきになっても「キミが第一だ」と言えるようになったら私は平気でキミを裏切るだろう。七夕2018を言祝ぐ(ことほぐ)ことに私のこの文章が少しでも役立つことが出来るならそれはとっても嬉しいこと。素敵なカップルが世界中に溢れることを祈って今は筆をおきます。拝。☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚
イチゴ「紅ほっぺ」を広いスぺースをとって試していたが猫星の環境に見事に馴染んでくれたようだ。それどころか諸手を挙げて喜び歓迎したのは私だけでなく、我がビオの住民たちの嬉しそうなことと言ったらなかった。ナメクジもダンゴ虫も紅ほっぺのほっぺに頬ずりしたり、舐めまわり這いまわって堪能したみたい。くそっ、来年からは大鉢ひとつ分のスペースを紅ほっぺのプライベートな寝間として取っといてあげるプラン。それで今の場所はすっ かり取り払った訳だが、いやいや、その一等地にササゲ他数種のマメ科を蒔くことにしている。おそらく百%確実なインゲンは育てることになると思う。この二種以外は確実性が乏しいのが悲しいところ。今蒔いたら2週間ほどで七夕まで、短冊のようにぶらぶら風に揺れている莢…皮算用。(;´∀`)(追記)2018年6月24日三尺ササゲは去年2月の有効期間のが見つかったので蒔いた。発芽したら100%確実なササゲ。インゲンは見つからず、黒大豆とくらかけ豆を蒔いておいた。この2種には信頼をまだ置いていないが、今年は成果を見られるか?(追々記)2018年6月26日画像は播種3日目のササゲの発芽状態。安心感に満ちていてサスガだ。これで6~7株は育てたい。鞍掛豆はササゲの半分ほどまで芽を伸ばしているのでコチラは2~3株を育てたい。黒大豆は大いに期待したいところ、だが1つしか発芽していない。まあ、おっつけ発芽する筈だし焦ることはない。
ボウリング、得意?不得意?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう今回は言葉遊びでいきますね。いやいや、ボーリングは身体をつかう遊びだろうってのはナシです。( ̄▽ ̄;)そもそもボウリングに苦手意識は持っていないのですけどね、だけど私はどうもボウリングが不得手(ふえて)みたい。ボウリングは好きだし、ストライクが出ると「おっ、好調!」って想って自分もプロになれるかも…なんて得意がりたい気持ちもあって満更(まんざら)でない気分に浸ってたりする。こんな私自身を分析してみよう。我が意を得たりと思いたい心?気持ち?は、あなたにもあると思う。自分は間違ってなかったと思いたいし、そのためには結果を出さなきゃあ。それで思いどおりの結果を残せたら我が意を得たりと得意になれるし、そんな自分はボーリングで得意になって、現実にこの手に得た結果、つまり得手のように想えるみたい…な。それで結論、体力のない私は身体で表現することは苦手、だけど脳内でシミュレートできる。体力があれば先ず投げる。投げて投げて投げて投げつづけて、それで結果が出たら「俺って天才!」とか思うだろうけど、確かに肉体は天から授かった才能と言えなくはない。「天才であれ努力の結果であれ結果が大事」とする捉えかたも分かる。それで私の課題だが、シミュレートした通りに身体を動かせば結果は自ずと出る。ヤッターって叫びたくなるときは自分の思いどおりに身体が動いたってこと。そうでなくストライクが出てもあれっ、なんでなんだ?そのストライクは私のモノでないから、それじゃ誰のモノか考える。ストライク・レーンを作って提供している職人さんのモノだろうな。我が意を得たりのストライク、私の場合、それは気持ち的に得意になれて、いつでも結果出させる得手である。そうなると苦手じゃい。こうなるのだけど、いやいや、結果が出せないのは私にはヤハリ…でしょうか。気持ちが通じなきゃ、織姫も牛飼いも相手になってくれないけど、うう~ん、どうなの?あなたの恋人は肉体好み?精神好み?いやいや、無理やりに七夕と結びつけたキライはあっても嘘がなけりゃ構わないよね。(;´∀`)
(ブルーベリー)12mmパールほどの大きなサイズに育っている。粉を吹いたような風合いが何とも心地よく感じられる。(花はまだだけど、蓮)いったい何枚の葉っぱが出るのだろうか…葉っぱは間引きするのだろうか。いろんな想いが錯綜している。想像以上に育っていても心配は尽きないものらしい。
扉を作るとそれがちっちゃな穴であっても覗き込むのが人間の常かも知れません工事現場のバリアー壁に覗き窓をつけるのもそういった習性に応えてあげてる親切心?商売気?開けた穴から覗き込んだり入ってくる人影の多いこと…多くなって社会常識になる私にはそれが愉快に感ぜられる世界の最先端を往く悦び☆彡’゚。.*#:・’゚.:*♪*:・’゚♭.:*・♪’゚。.*#:・’゚.:*♪*:・’゚♭.:*・♪’゚。.*#:・’゚.:*So,Will be creator of the world!創造は愛の扉
ill,hunger,busyness,dissatisfaction,disappointment,hope,happiness,:which?relative or universa!?positive orNegative!?★─☆。o゚。★─☆。o゚。★─☆。hiko゚。★─☆。o゚。牛飼いと織女の絆(きずな)は?あなたと恋人の絆(きずな)は?いかがでしょう?
あなたが好きなスナック菓子は?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう今日は夏至(げし)なんですね。夏に至るって書くから今日から夏って思うけど、それじゃ立夏って何なの?さあ、いよいよ夏が始まるぞーって感じるよね。そうすると夏至と立夏は同じなの?待てまて、今日6月21日が夏至で、今年の立夏は5月6日?こんなこと知らない私はチコちゃんに「ぼーっと生きてんじゃねーよ」って怒られそうだね。( ̄▽ ̄;)そんなこと知らなくったってスナック菓子のオイシイおいしいのなら知ってるから困らないけどね。あはっ そうそう、七夕(たなばた)ももうすぐ。 💦(◎_◎;)💦しらべてみたら、夏至は北半球における日照時間が最も長くなる日だって。( ´∀` )
タイトルのフレーズは連ドラ「半分、青い。」の第68話で小宮裕子が鈴愛に向かって浴びせた台詞(せりふ)。二人は最高の関係を作っていってて好いなあ…と、これは私の感慨であって、だけど私が過去に言われた台詞にコレはなかった。私が浴びたのは逆バージョンばっかりだったと云える。それで私は逆の意味の言葉をどう捉えるべきだろうか?陰でアイツなんかは目じゃないと言うのは知ってるし、腹の中でお前なんかクタバレと言ってるのは知ってる。それは最低の関係だし、最低の間柄で「お前に負けないぞ」なんて言ったら後で酷い目にあうと考えると「馬鹿をみるから言うのはやめとけ」と私を想って忠告してくれてるんだ。私を想ってくれるって嬉しいことだし、私も相手のためを想って当然だ。それにしても佑子と鈴愛は勝ち負けを競う関係だが、つまり、敵なのか同志なのか?鈴愛に心を開き許している佑子を鈴愛は愚か者と認識するべきだろうか?それとも仲好し、同志と捉えるべきだろうか?あなたはどう思われるか?あなたが心を開いた相手があなたにアダとなって返してきたら?あなたは人間不信に陥るのでなかろうか?私はそれを恐れる。相手の言動に恩で報いるか、それともアダで返すか?鈴愛に心を開いている佑子を仲間・同志と受取ればこそ鈴愛は佑子にアダで返さずに恩で報いることになる。どうように私に忠告してくれる好意に対しては当然、私は恩で報いたい。人を信じるなという誤った言葉だけど、その言葉は好意から発せられたのだから私は好意に恩で報いて当然だよね。あなたが好意から「お酒はもう止めとき」と言っても、あなたの好意を理解しない相手はあなたを憎むかも知れない。憎まれたら損だから黙っていようと思うかもしれないし、相手を想って憎まれるのを承知のうえで忠告するかもしれない。相手を想ってこそ二人の良い関係はいつまでも続くし、良くない関係は必ず破綻する。佑子と鈴愛の会話にそんなことを想った私。「この人には本音を言えない」と想っていながら、表面だけで仲好しの振りしてるのは詰らない結果をぼおっと待ち続けてることになるだろうな。佑子と鈴愛は激しく言い合ったり、罵りあったりしながら、互いの失敗を望むのでなく、失敗しないように支えあって仕事していく好い関係を築いていると思う。その点で、律は鈴愛の失敗を許さない優等生タイプに育ったかな。結局、相手に何を求めるかでなくて、自分は相手にどう接するべきか、相手をどう受け入れるべきかを学びながら鈴愛は大人へと成長してきた。鈴愛は多くの失敗を経験する中で他者の長所に目を向ける知恵を啓いてきたし、失敗を知らない律は「失敗するのは駄目なヤツ」という否定思考を覚えたのだろう。望む相手は律タイプが好いか?鈴愛タイプが好いか?牛飼いにも織女にも律タイプはいるし、鈴愛タイプもいるだろうなあ。お幸せにね。
☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*想うままに言ったら…飽きっぽかったし…ワガママだったしそれだけじゃなくて何でもアリだったよそんな素敵な恋人そんな素敵な姉妹そんな素敵な親子そんな素敵な仲間そんな素敵な敵人それは素敵な喧嘩それは素敵な時間それは素敵な別離それが私たちの愛わかるかなあ…愛離れても逃げても憎みあっていても心配することない愛で括られていて愛で結びついててだから信じられるだから解き放されだから許しあえるだから分りあえるだから終わらない今に伝わっている姉妹の伝説もそう私には美談でなく感傷にも囚われず心から壽ぐばかり岩中に囚われても心までは囚われず自由奔放のままに信じて生きて、約束果たして成る、約束愛は確かに物語る日記はそう記すべく゚・*:.。..。.:*・゚・*:.。..。.:*・゚・*:.。..。.:*・゚ 牽牛花:朝顔の異名(金牛山の伝説からの引用)
ミント系お菓子で好きなものは?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう私のところは日本ハッカとローズマリーがある。クレソンもある。何れもハーブの一員で、シソ科の仲間で、ハッカ属。こんな難しいこと説明されても私なら拒絶反応がおきる。笑。人の好みはそれぞれ、だから好きなハーブを育てたらいいと思うけど、ところがところが…ハーブのほうにも好みはあって、ハーブへの好みも人だけのモノでなくて虫たちにもあるようで、いやはや、ハーブ園芸も単純じゃないって思いしった私なんです。虫よけにしようと思って植えたら、そのハーブは嫌いって野菜があるし、害虫は来るわ、逃げてく益虫はいるわ。これはもう好きってだけで栽培してたらトンデモナイことになる。逆に云えばその性質を習熟して付き合えばこんなに都合のいいミントもない。ハーブティーにしたら美味しいし、虫除けとしても、虫寄せとしても効果が大きいスグレモノ。家庭園芸をしてる一員として私もこの程度の知識は持ってるが、それ以上の知識はプロ園芸家にお任せしたい。名称は分らなくなってるけど、ミント系も庭のどこかに野草化して生えてると思う。そうなんだ、ペパーミントの日なんだ。なんにしても美味しいに違いないし、オイシイ・オイシイって味わってれば幸せになれる私。それで結論 ✪ 目くじらたてて細かいことアレコレ口出ししたら折角のミントが微笑んでくれなくなる。恋人選びに通じるよね。牛飼いと織り姫の関係になるとすれ違い夫婦になってしまけれど、旦那元気で留守がいいもアリ。笑そんなこともあんなことも私は嫁から学んだけど、細かいことに一々ヘソを曲げない恋人?伴侶?…をお持ちならお幸せ。もうじき七夕ですね。チャンチャン。 (^^♪
七夕のお願いごとは何?#七夕2018 をつけてブログを書くと!?あなたのブログに何かが起こる!星まつりと言われるほどの七夕にぴったりくるのはやっぱり旧暦だと私は思う。空が曇ってる時に星を観ようといくら誘われてもね。だからこの七夕キャンペーンも旧暦の七夕まで延長して欲しいけど皆がみな旧暦に関心あるとは思えないから私からムリを言うつもりはない 。小規模でも家庭菜園やってる私にはシビアに感じられる天候なんだ。気温に合わせ、降雨に合わせて播種や植えつけ・施肥・剪定・整枝などをしていくことになる。ともあれ、星の綺麗な旧暦の7月7日を新暦に換算したら2018年度は8月17日(金曜日)になってる。おそらく昔の人は天気や星空と語りあいながら仕事の段取りを組んでたんだろうな。作物がよく育ちますように、実りの秋がやってきますように…などの願いごとを短冊に書いたとしてもチットモ不思議じゃないよね。豊作だと大人たちの笑顔が見られるし…!?
(南沼エビの親子/最下にメダカの稚魚)(南沼エビの親子/メダカは真ん中上部の薄赤色)これは南沼エビの稚魚のうちのホンの少々。最近になって生れたようだ。メダカも順当に産卵しているようで、絶えることはどちらも考えられない。金魚は減っていることだし、食われて減る心配も減ったように思われる。
(藻(も)①)(藻(も)②)水中に有っては画像①の状態で、水切りしたら②になる。これが水中に蔓延ってもメダカは安全に産卵するのに 役立てているようだが、金魚は単に身動き取れなくなるだけのようだ。korede]生き残っている金魚は2~3匹だけになった。こんな藻だが良い使いみちは何かないかと考えて、今は果樹の根回りに掛けているところ。軽く水切りしただけで②の状態になる。こうなると厚みがあるだけに人間の手で千切ることさえ難かしくなる。乾燥すると腐りにくいだろうし、強力な直射日光を浴びても地面は乾燥し難くなる計算だが、上手くいくかどうか、8月頃までには答えがでると踏んでいるが、当たると好いな。( ´∀` )
子どもに読んであげたい本は?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう「朗読の日」って何なんだって思った。朗読は分かる。結局、朗読は読み手のための日だって思った。さらには「社会に貢献する日だとも…。いろんな人の朗読を聴いた。いろんな読み方があるのを知った。いろんな捉えかたがあるのを知った。感心する読み方を知った。聞きづらい読み方もあった。それらの何れもが今は私の血肉になっている。イズレもが私の前 を歩いてお手本を示してくれた。本の内容は素晴らいだろう。その本の素晴らしさは読み手からも受け取れた。今、本を読みながら「私のためになってくれた人たちのお陰」という想いになっている。拝。
☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ステージのあなたへ溢れし感情は素敵!抑えし感情は素敵!悲しむ感情は素敵!苦しむ感情は素敵!憎しむ感情は素敵!悦びの感情は素敵!悔しい感情は素敵!感情で世界を彩って感情が彩った世界を人の心身に映しだす人は世界を味わって人は世界を愉しんで甘い辛い苦い酸い味醍醐味まで愉しんで不可思議なこの世界単調なだけで終らず複雑さにも満足せず貪欲さえも許されて感情の豊かな世界で跳び舞い謳っていいあなたもあなたも…解き放てばいつでもステージの真ん中に輝いて輝いて輝いて☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚
おにぎりの具、好きランキングTOP3は?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう宮澤賢治のイーハトーブを想った。🍙オニギリといえば大概は米を想像するだろうな。私たちの祖父・祖母の世代の日本では食事と云えば米を想像したと思う。賢治もおそらく米を想像しただろう。米を口にした人も、米に縁がなかった人も、米を炊く際の匂いに敏感に反応した時代が日本にあった。米を食べられない人たちの想いは食べられる人の比でなかったろう。稲作文化というが稲から米になるんだ。さて、イーハトーブが何を意味するか?それは個々人の捉えかただろうし、賢治への熱い想いで語りたい。つまり私は「江戸時代や賢治が生きた時代に二通りの人間がいたと賢治は捉えた」と理解する。お断わりしておくがコレは宮澤賢治についての私独自の見解であって岩手県民や宮澤賢治ファンクラブの面々の見解は知らない。だから、この文はその人たちを批判する目的のものでなく、非難する目的のものでもない賢治は稲を二通りに分類したのでなかったか?どういうことかと云うと稲の部首は「禾偏(のぎへん)」だ。稲の全部、あるいは稲の禾部分の二つのドチラにあなたは属するか?あなたは稲の全部を得る側か?全部でなくて禾部だけを得る側の人か?禾部を分解して読むと「イハトオ部」だ。イ・ハ・十・部、つまりイハトーブと読める。稲を丸ごと得て臼(うす)杵()きね」で搗(つ)いて米にして食べたら、そりゃあ美味かろう。それならイーハトーブ(= イハトーブ)の人たちは?米を食べられない。これはパン食うって意味じゃない。間違えないでね。禾(のぎ)ってなんだ?野原にいっぱい自生していた穀物のこと。オミナエシという蔑みの言葉がある。いっぱい生えてた女飯(オミナエシ)は女の食い物の意味。女の口に米は入らない。それなら何を食べる?粟(あわ)だろ!? 粟飯だ。禾はイハト―、そして粟だ。粟部 =弱者。粟部「イハト―部」。語呂を慮(おもんばか)ってイーハトーブとしたらカッコいい?そうじゃない、恐い人の耳に入ってもイーハトーブなら難を逃れられるだろ?いやいや、こんな解釈するのは変わり者の私だけってあなたは非難するかも知れないが、それでも私は思想の自由を捨てない。事実を事実としてコレまでもコレからも主張していきたいと思っているのです。🍙オニギリは米にかぎる。私はそう思うが、イハト―部のあなたは言いたいことも言わずに黙ってお過ごしになるのだろうか?宮澤賢治は私を支持するのでなかろうか…こう理解するゆえに宮澤賢治の名を口にするとき、私まで誇らしく想えるのだろうな。私は宮澤賢治に背を向けないで堂々と賢治の真実を語っていきたい。byチャーちゃん。
3ミリほどのサイズに気づいて見直した。今年も目高の稚魚は産まれたようだ。そんなことから栄枯盛衰を想った私なんだ。派手な色にデカい図体を持って金魚には悩みのない環境に想えたが、どうやらそうではなかったみたい。繁殖能力はどうか知らないが金魚の稚魚は生まれなさそうで、死ぬほうだけはドンドン迫ってきて、今では4尾か、精々5尾になっている。アナカリスとの相性も良くないようで夏が近くなると身動きが取れなく成りがちな金魚だ。現存するのだけで買い増しは新たにしない方針。いっぽうでは私に慣れてきて逃げまわる素振りも見せなくなっているメダカ。結局、メダカ・タニシ・ミナミヌマエビの楽園を期待することになりそう。
昨日は万願寺とうがらしとシシトウを採りいれた。シシトウは萬願寺の半分に満たないサイズにしか育っていないし、しかも、旨味が少なく辛味がつよい。これはレースから早目に脱落させたほうが好さそうだ。このスペースでは別の作物を育てたいと思う。伏見甘長は葉が揃ってきそうな勢いだから今しばらくは様子見していきたい。万願寺は15㎝以上に大きく育てなければ辛味は避けられそうだが、それでは収穫の楽しみが半減してしまう。伏見のほうは甘長と名付けられた点に期待したいと思うのは未だに執着している私。
15㎝ほども増し土したのは9日だったがそれから僅か9日しか経たないのに今にも枯れるかと思わせたピーマンが今青々と逞しさを増して茂ってきている。こんなことなら初 めからやっておけば良かったと思いつつも、こうした失敗の学習があってこそ私の園芸は前へ前へ進むことができるのだとも思い直すことにもなっている。失敗してこそその原因がドコかにあると考えられるし、原因が分かってこそ次回から未然に手を打ってもいける。ピーマンに限らない。大玉トマトの育て方も分かってきた気がする。今年は50個ほども美味しいトマトが採れる自信が生まれている。しかも来年には今年の半分以下のスペースから同量のトマトが採れる予定が立っている。そうそう、小さいながらもナスの一番果も採った。ナス科野菜への対策の多くは今年まででほゞ終了の予感。少しだけ野菜の栽培に慣れてきたかな。
お父さんに何してあげる?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう父から擦りこまれたままの父親になってはなるまいと己に擦りこんでいる今日の父の日。父を超えねばと父の日に想う吾も父の子、人の子だもの。