梅雨だ。梅雨が明ければ、眩しい太陽、セミのこえ、蚊取り線香の香り…考えるだけでもワクワクしていた子どものころ。
あの刷り込みとも言える記憶が蘇り、日焼け後にはケアを怠ることができなくなった年になっても嬉しい季節。…2年前までは。

2年前の7月から、私の心は梅雨明けをわすれている。

なぜか。

愛している。幸せにしたい。
2年前の7月、思いも寄らないところからこの言葉が降ってきた。
そして、傘を持たず、雨宿りもできない私は、ただ雨がやむのを待つことしかできなかった。

嬉しいはずのこの言葉を私に“押し付け“てきたのは直属の上司だった。
もちろんこちらは仕事での関わり以上のものははなから求めていない。
考えてもいない。
そんな相手からどしゃ降りの愛の言葉があびせられる。
「断られても報復する事はない。」
肉体こそ無理強いされなかったが、この言葉にこそ多大な権力がちらついて恐ろしかった。


耐えるしかないと思っていた。
よけようのないどしゃ降りをあび続け、誰にも言えず、はけ口のない心は決壊する寸前だった。

相手にも家族がある。もちろん私にも大切な家族がある。
自分が壊れては何の意味もないと、ようやくきっぱりと断ったのはこの春のことだ。

しかし、間に合わなかった。
決壊寸前だった心は、あちこちにヒビが入っていた。
ミシミシときしむ音と共にヒビが大きくなり、崩れ始めている。
上司の一挙手一投足はおろか、目線にまで怯えて過ごす日々だ。
仕事での失敗が目に見えて増える。
仕事中急に涙が溢れる。
動悸が激しくなる。

わたしの心の許容量、もしくはそれを監視するチカラがもう少しあれば。
目の前の仕事にもっと没頭できれば。
今の状態になる事はなかったかもしれない。

相手には感謝の念を持て。
起きている事は、全て自分に責任があると考えよ。

先の上司がいつも社員に向けて発信している言葉。


女としてみてくれてありがとう。


近いうちに笑ってこう言えるだろうか。
ことしは、梅雨が明けるのだろうか。
…それは私次第なのだろう。

ベビーを産んで、何でもある世の中なのに結構不便なこと多いなって肌で感じる。


あったらいいな。
あるけど、もっとあれば便利なのに。

電車なんかのママ専用車両
改札ーホームまで段差無しもしくはエレベーター完備
広い改札
      エレベーター
段差の無いお店
歩きやすい歩道
子連れでいける映画館 
         美容院
         エステ、ネイル
         整体
         ジム
   ↑あわよくば産婦人科一体型もしくは提携( ´艸`)


今エステや整体なんか家に来てくれてそれも良いけど、
そうじゃなくて世の中にベビーウェルカムなところが増えてほしい。

「ベビーお断り」な雰囲気がぷんぷんするところがまだまだたくさんある。

女性がこんなに活躍する世なのにmamaになると急に世の中が遠くなる。

確かに急に泣いちゃったり、ベビーカーがスペースとったりして
「迷惑」と感じるのかもしれないけど、誰もが通ってきた道。


世のmamaたちは周りからの視線を感じながら小さくしていなければならないのか。
否。

どこかに行きたいときには、
 出かける時間帯
 出かける手段 
 赤ちゃん休憩室や授乳室の有無・場所
 段差が無いか(ベビーカーで行けるか)
 ベビーカーの貸し出しがあるか
 ベビーのご機嫌

家から出る前だけでもコレだけのことを考えなければいけないのに。

かといって、でかい顔したいということではなく。

もっとベビーと一緒に居たい、オシャレしたい、出かけたいと思うmamaに、
そんな心配が必要ない世になってほしい。