12月の中旬に
グループホームに入居している母が
肺炎になり、急きょ入院した。
12/28に経過報告と治療方針を
主治医と面談してきた。
高齢(まもなく90歳)、脳髄膜炎の手術、
認知機能の低下で
自力で(経口)の飲食が難しく、
肺炎も回復していない。
脳疾患の為の痙攣止めの投薬は止められない。
ので、今は経鼻で投薬し
同時に栄養も入れてる。
今後の為に胃ろうも視野に考えて…
と医師から告げられた。
実家に戻り、二人の妹と 話し合ったが
なかなか答えが出せず
母の故郷に母の妹が居るので
病状を知らせたところ
叔母からの返事が…
「姉から聞いているのは
延命の為の治療はしなくてよい」
だから、姉妹で相談してね。と
年を越して
1/4に再度姉妹で相談
その後、看護師さん、主治医と面談出来た。
(1/5までに返事を希望されていた)
私は、 母の希望通りにさせてあげたい。
妹達も同様だと。
看護師さんとの面談では
胃ろうはしない…
本来ならば経鼻栄養も同じ事…
であるけれど、
主治医は痙攣止めの投薬を
続けていきたいので、今は同時に
栄養も続ける。
管の交換時が困難になったら止める、
点滴栄養に移行するが、
血管のルートが取れなくなったら止める。
話しを進める途中、
三女が泣き出した。
親の尊厳死を選択する重さ
何度考えても、どう選んでも
私達は後悔するだろう。
私は、看護師さんに娘の事を話した。
娘と母は病状は違うけれど
私は娘の尊厳死を選んだ。
悪性脳腫瘍、30半ばで発症し
自宅療養しながら
自宅で最期まで過ごし、私の目の前で
息を引きとった。
今だって、後悔する事だらけ。
看護師さん、ケースワーカーさんも
涙して聞いていた。
その後
少しだけ母と面会出来た。
私達の事は分かるようで、
何度も頷いてくれた。
12/28は娘が手術をした日
1/4は娘が旅立った日
娘の命日は
お墓参りに行けないので
前日にお参りして
心を鎮めてきた。