慈遊舎代表 廣瀬喬が去る3月某日 肝臓がんのため帰天いたしました 享年58歳

葬儀は故人の生前の意志により 近親者のみで執り行いました

闘病中 廣瀬は多くの方々からの快癒の祈りを感じており 感謝しておりました

結果としてこのタイミングで現世での役目を終えることにはなりましたが 皆様方からのこれまでの暖かいご支援に心より感謝申し上げます

故人の冥福を祈りつつ ここに謹んでご通知申し上げます

神が働く?  ~半局という考え方

どうしても埋まらない要素は

神が働く余白として

無理に埋めようとしては成らない!

🌙

 

易の師匠が、何度も何度も

口を酸っぱくしながら語られる。

 

「あせるな。

最後のパズルのピースは

『神』が埋めるから、

待っとれよ」と。

 

師匠のもとに5年前、セッションに来られた方の体験は

まさにそんな「神」的現象の話だったなと思う。

 

🌙

 

易には三合局という考え方があって、

卦の中に特定の十二支三つが現れると、

ある五行の要素の働きが

やたらと強められるという教えがある。

 

「水」の働きが強められる「申・子・辰」(水局)

「木」の働きが強められる「亥・卯・未」(木局)

「火」の働きが強められる「寅。午・戌」(火局)

「金」の働きが強められる「巳・酉・丑」(金局)

 

そして、それぞれの三合局は

水局ならば木を育て強め高める。

「木」がゴール。

木局ならば火を育て強め高める。

「火」がゴール。

火局ならば土を育て強め高める。

「土」がゴール。

金局ならば水を育て強め高める。

「水」がゴール。

 

 

ところが、三合局の中で

十二支が一つ足りないことがある。

それを「半局」と言う。

 

その一つ足りないところを

無理に急いで埋めてしまおうとするな!

という訳なのだが。。。

 

水局「申・子・辰」の半局は

「申・子(辰がない)」か「子・辰(申がない)」

木局「亥・卯・未」の半局は

「亥・卯(未がない)」か「卯・未(亥がない)」

火局「寅・午・戌」の半局は

「寅・午(戌がない)」か「午・戌(寅がない)」

金局「巳・酉・丑」の半局は

「巳・酉(丑がない)」か「酉・丑(巳がない)」

 

🌙

 

さてさて、このクライアントさんは

ある中学のサッカー部の顧問兼コーチ。

 

自分自身の提案で

サッカー部をほんの数ヶ月前の秋に立ち上げたばかり。

 

募集をかけると集まったのは

一年生ばかりギリギリ11人。

集まったというより、引っ張り込んだそうな。

 

無気力ないじめられっ子や

ワルに片足突っ込んだような子

不登校してた子

すぐに何でも人のせいにする子

絶対に宿題しない子など・・・

一癖も二癖もある子どもたちばかりだったとか。

 

11人いるから試合できないことはないが

リーグ戦で勝ち上がっていくことは

どう考えても無理な

出来たてホヤホヤ弱体チームを抱えていた。

 

ところが夢はなんと「全国制覇」

 

🌙

案件がスポーツで

五行では「火」に該当だが

易で見ると

全国制覇できる実力を示す六親五類が

「官鬼」となっていて

ちょうど官鬼が火の五行に該当。

 

こういう案件では

ゴールとなっている「火」を相生して強め高める

三合局「木局」が現れていないかなと期待するが

半局だけがあったそうな。

 

木局「亥・卯・未」の内の

「卯・未(亥がない)」(半局)

 

「何度も何度も技を反復練習はさせています」

というこの方、「卯」の要素は確かにある。

 

「その成果は出てきていますか?」と

「未」の要素を確かめる師匠。

 

未の要素は卦の中であるにはあるが

それほどには強くなかったためだ。

 

「そこなんですよ。

どうも私の教え方が上手くないのか

状況への敏捷さに欠けているんです。」

 

「状況への敏捷さ?・・・ですか」

 

「はい、教えたことを状況に合わせて

臨機応変に判断して瞬時に動きに転じる。

サッカーは結構、頭を使う競技なんです」

 

「そんな判断のコツみたいなものを

子どもたちに伝えたりしていますか?」

 

「コツですよね。たしかに。

どうもコツなんて、実際に動いて

自分自身でつかむものだと思ってきたので

教えることができてないと思います。」

 

なるほど、卦に「亥」がないわけだ。

「けど、大丈夫です。

反復練習(卯)と熱心なあなたの熱意(未)

しばらくこれを続けていてください。

秋の大会には間に合わないけれど

春の大会には間に合うタイミングで

おそらく11月(亥)に

全国制覇できるだけの要素がそろいますよ」

 

🌙

 

ところが、この予測は外れたという。

11月(亥)ではなく2月(寅)の亥日に

欠けたピースは埋められた。

 

寅と亥は「合」という引き合う要素。

 

「亥」・・・次世代を育てる働き

プロのサッカー選手だったが

故障してリタイアしていた人が

自らの人生の再起を願って

手始めに地元のこのチームを手伝いたいと

名乗りを上げてくれたのだった。

 

「亥」が現れた。三合局がそろった。

 

「亥・卯・未」は整い

「木局」が「火」のゴールを異様に急激に高め、

立ち上げて1年目にこのチームは

秋の大会で全国制覇できたのだ。

 

🌙

 

出来たてホヤホヤのチームが全国制覇という

あり得ないわけではないけれど

誰もが無理と思える「夢」を描いた。

 

部員たちは冬休みも春休みも返上して

夢に向かって、

居ても立っても居られないくらい練習に励んだ。

 

その動きの途上で「神」が働いた。

 

最後のパズルのピースを埋めてくれるべく。

 

「神は自ら助くる者を助くる」のか。。。

 

師匠の話では、

このクライアントさんは

自分自身が中学生の頃

さんざんグレていたところに

新任の先生がサッカーをやろう!と

誘ってくれたことが心に残っていたという。

 

結局サッカーはしなかったが、

自分を気にかけてくれている人がいると

知ったことで、

人生が好転していった体験を持っていた。

 

その先生が声をかけてくれた時

全身を電撃が走ったそうだ。

 

こう話しかけてくれたという。

 

「サッカーをやろう。

そして全国制覇の場面にお前を連れて行ってやる!」

 

その時走った電撃が、

その人のゴールだったのだろう。

 

「ボクは教師になったら

サッカー部を全国制覇させるのが

なぜか使命のように感じていました」

と言うクライアントに師匠はその時

朱雀のオーラを見たと語っておられた。

朱雀「フェニックス」不死鳥。。。


 

真のゴールは死んでも蘇る。

 

 

 

大人になっていくって・・・

 

🌙

「お年玉が入ったから」と

占ってほしいとやってきたのは

中学一年生の女の子だった。

 

まだまだ寒さ厳しい

1月最初のクライアントさん。

「廣瀬さんみたいな占い師になりたい」

とな。。。

 

初対面なんだけど・・・?

 

🌙

 

聞けば、友人のお母さんが

私のクライアントとしてよく来られる方で、

その友達のところに遊びに行くと

私の話が良く話されるそうで、

何かピンとくるものがあったという。

 

「占い師になるのは難しくないよ。

けれどね。。。

それだけで生活していくのは大変だよ。」

 

 

母子家庭で長女であるこの方は

ご家庭で母親の代わりに家事をこなし

弟と妹の面倒をみており

家計簿も丁寧につけていた。

家族4人が暮らしていくには

収入が幾ら必要かを良く知っていた。

 

「わたしは、クラスの中でも

直観力は有ると思います。

おもちゃ屋さんで売ってたカードで

友達相手に見てあげたりもするし

占い向きだと思うんです。」

 

🌙

 

少しばかりお題を提供して

占わせてみると確かに「できる」人だ。

 

「もう十分できるじゃない。

大人になってから、また来なさい。

今日はお支払いしなくていいから、

将来のデビューの時の支度に

取っておきなさい。」

 

「廣瀬先生、私が子どもだと思って

面倒くさがらないでください。

今みたいな程度だとプロではやっていけない。

分かってます。

わたしは、廣瀬先生みたいに

人を感動させるリーディングが

どうしてもできるようになりたいんです。

どうか、教えてください。」

 

そこで、金額を教えると

暗い顔をして帰っていった。

「お年玉」では

とても払えない金額だったのでしょう。

 

🌙

 

8年後、その方が成人して

社会に出て働くようになってから

また来られました。

 

「廣瀬先生、高卒でも雇ってくれる所に

就職が決まり、ハードですけど

頑張ってます。

お金もたまりました。

先生から学びたいです。。。

と、思っていたのですが、

働き出してから、気づいたんです。

学校で友達相手に観ていた時のようには

カードが読めなくなっているんです。

わたし、どうなってしまったんですか?」

 

私の持っている

カモワン版マルセイユ・タロットで

カード展開してみました。

 

過去はⅥ「恋人」正立

現在はⅡ「斎王」倒立

  その下に解決カードⅦⅡ「隠者」

  その視線先にⅩ「運命の輪」

未来はⅪ「力」倒立

  その下に解決カードⅩⅩ「審判」

 

🌙

 

「確かに過去は直感(Ⅵ「恋人」)が

とめどなく降りてきていたんだね。

けれど、社会に出て働き出して

カードが読めなくなってしまった。

(Ⅱ「斎王」倒立)

そのままが出てきたね。

このままだと、未来は

Ⅺ『力』が倒立しているように

力を発揮できそうにないみたいだね。」 

 

「そのままだなぁ。

でも、ずっと夢だったの。

リーディングで人を感動させる人になりたい。

友達のお母さんが

先生の話するたびに

目をウルウルさせてるの見てたら

なんか、もうゾクゾクして

自分の将来を見つけた~!って

ホントに思ったんです。」

 

「失望する必要はないよ。

解決を示すカードが出ているよね?

どうやら

人間の運命に関する(Ⅹ「運命の輪」)

太古からの智慧(ⅦⅡ「隠者」)を

深く学ぶ必要があるのではないかな。」

 

「太古からの智慧? ですか?」

 

🌙

 

「聴いてほしいことがあるんだよ。

君は中学高校の時には直観が走っていたよね。

けどそれはね、問題を出してくる相手が

この社会や家庭に対して

何ら大きな責任を担っていない

子どもだったからなんだよ。

 

つまりね、お題としては

軽かったってことなんだよ。

 

だから自分が語ることに

比較的無責任になることができていたと

思ったりするんだよね。

 

けれど、社会に出ると

責任を肌で感じるようになるだろう?

自らの一挙手一投足に責任ってものが

かなりな重圧でかかってくる。

 

意識はそのことにたとえ無頓着でも

無意識的には重圧を感じているんだよ。

 

中学高校の時には許されていたことも

社会に出たら通用しないことが

山ほどあるよね?

 

するとね、直感やらひらめきやらが

毎日の責任やらルーチンやらに抑圧される。

 

プロになったとたんに

カードが読めなくなったり

直感が走らなくなったり

どんな案件でも同じことしか言えなかったり

そんな人がたくさんいる。

そのことは昔も今も変わらない。

 

タロット占い師達は

その壁を乗り越えるために

いろんな仕掛けをカードに施したんだよ。

 

それを学ぶのがタロットの教室。

中学高校の時に感じていた

不思議へと開かれた感覚が

だんだん呼び覚まされてくると思うよ。

 

その上で、きっと気づくはず。

これが自分の道(ⅩⅩ「審判」)なんだって。」

 

🌙

 

今や私よりもどんどん売れっ子になって

2年先まで予約が詰まっている

タロット占い師になったこの方。

私の年齢の半分。まだまだ若い。

自分の娘よりも若いよ。

それだけにどこか心もとない。

祈っててあげたい元生徒の一人です。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

こんな気づきのお手伝い

人生書き換えガイド、廣瀬隆司

牧師、心療内科付きカウンセラー

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若い先生

 

🌙

 

ミスリードすることもある

 

 

かつて大泣きしながら

「私には『若い!先生』はいなかった」と

うったえてきた人がいた。

 

かつて、短い連載だったが

テレビで放映されていた

「若い!先生」という

学園もののドラマなのだが

 

 

その主人公の先生である海堂健太(篠田三郎)

のような先生がいなかったから

自分はこんなにも道を踏み外してしまったんだと、

延々と訴えていた人だった。

 

私はその時、

「ではあなた自身が

その『若い先生』になりなさい」と導き、

その人はそのことでスッキリして

生きなおしを決意して帰っていったのだった。

 

一年後に自分はちゃんと進んでいけているかと

歩みのメンテナンスに来られたことがあって

 

「どう『若い先生』になれたかな?」

 

「はい、このまま進んでいきます」と

 

決意も新たにして帰って行かれたのだが・・・

しかし、数年後に青い顔をして

こられた時、私のミスリードを悟った。

 

🌙

 

「廣瀬先生、私『若い先生』にはもうなれないです。

今の子どもたちに着いていけません。」

 

訊けば、高校教師としてやっていくには

あまりにもショックなことが続いたようだ。

 

クラス担任で受け持っていた教室の生徒が

一人はイジメにあって自殺未遂をし、

一人は成績が爆落ちして失踪し、

一人は窃盗で警察に何度もお世話になり

一人は何をしようとしたのか

夜中に職員室に忍び入り

警報機が鳴って取り押さえられたという。

 

それも、この人の個別のカウンセリングの直後に。

 

そして、この方はうったえる

「わたし、どの子の相談に乗ってあげても

同じことしか言えないの。

なんでこんなになっちゃったんだろう。」

 

🌙

 

私は自分がかつて言った

「ではあなた自身が

その『若い!先生』になりなさい」

とのアドバイスにおおきな問題があるなと

思った。

 

https://www.youtube.com/watch?v=LRsIHTc2n1c

 

二週間後にもう一度セッションを約束し

それまでに、「若い!先生」というドラマを

観ておくことにした。

 

この人の中では、ずっとずっと

この学園ドラマが放映されていたのだから

ここに何か落とし穴があると思ったのだ。

 

🌙

 

二週間後のセッション

「あなたの中で響いている『若い!先生』

全部見ましたよ。」

 

「そんな、先生もお忙しいでしょうに」

 

「いえいえ、そこで今回は

あなたに考えていただきたいことがあります。」

 

「え、何だろう。。。」

 

「このドラマの主人公、海堂健太先生を

批判的に見てほしいんです。

あなたが生徒と向き合っていて感じている

同じ視点をこの海堂健太先生にも向けて

決定的な批判をしてみてほしいのです。」

 

「。。。廣瀬先生、

実は、そうおっしゃるって予想していました。

私も教師ですから、歴史を教える教師ですから

温故知新を持ち出さなくても

自分が高校教師を目指した原点に

問題があるのではないかと

なんとなく思っていました。

けれど、日々の仕事に追われて

実際には考えてるゆとりがなかったんです。

今回、改めて考えることを決心しました。」

 

「では、どう思われました?」

 

「どの子の相談に乗ってあげても

同じことしか言えない私は、

このドラマの海堂健太先生と同じなんだと

しみじみ気づきました。」

 

「そう、このドラマが

短い連載で終わってしまったのは

海堂健太先生の言動が一辺倒だったことで

視聴率が落ちまくったことが

原因の一つだと言われています。

でもその一方で、

あなたのような根強いファンが

未だにおられるのも事実ですね。」

 

「私はこのドラマのメッセージの

一辺倒なところは気にならなかったのです。

ただ寄り添ってくれる

年上の大人がいる世界が

あこがれだったのだと思います。

けれど、ドラマはドラマだったのですね。

一辺倒な関りでは、

本当には寄り添ったことには

ならないんだって思いました。」

 

「気づいてしまったんだね。」

 

「はい。

だから、私の中の『若い!先生』とは

もうサヨウナラすることにしました。

ずっとずっと寂しかった私を

本当に支えてくれた物語だったけれど

サヨウナラすることにしました。」

 

ポロっと涙を一滴流すこの方に

 

「無理してない?」とききました。

 

「大丈夫です。大丈夫ですけど、

最後にもう一度、廣瀬先生、

このドラマの主題歌を

一緒に聴いていただけませんか?」

 

https://www.youtube.com/watch?v=LRsIHTc2n1c

 

一緒に聴きながら

私もなんだか熱いものがこみあげてくるのを感じた。

 

そのあとこの方は、この曲とドラマを

スマホから完全消去し、

一皮むけたような力強い明るい笑顔になって

一礼して帰っていった。

 

メールに「次はGTO目指します!」と

送ってきたときは「え!」と驚いたが

 

「ジョークです。

私は私を目指し超えていきます。」と

言葉が添えてありました。

 

 

 

牧師をしていたころ

何をどう感じてか、

ある一人のお遍路さんが

泊まるところがないから

泊めてくれと

それも夜中の2時過ぎに

やってきて面食らったことがあった。

 

 

おもろいやっちゃと思い

家族の迷惑そうな顔を尻目に

風呂に入れてやって

会堂に布団を敷いて

泊まらせてやったのだが、

三日ほど図太く泊まり続け

当然のごとく飯をせがんできた。

 

どうしたものかと思っていたら

四日目に出ていったのだが

出ていく前に不思議なことを言って

少々その頃の私にとっては

混乱する話を置いていった。

 

 

「牧師さん、三日間有難うさんでした。

お礼に礼拝堂を掃除しときました。

ごはん美味しかったなぁ。

ごちそうさまでした。」

 

「いやいやぁ、

そんなことまでしてくださったんですか?

ありがとうございました。

それにしても今更ですが、

どうして遍路宿でなく

キリスト教会に泊まることを

考えられたんですか?」

 

 

「お大師さん(空海)がここに泊まれと

ささやくもので・・・」

 

~なんか適当なことを言ってるが

遍路宿だと有料だから泊まれなかったんやろ!

ま、まぁいいわい・・・

 

「お礼ついでに

私は祈ると何でも叶うんで

何かお祈りさせていただけますか?」

 

~せっかくだから好きにさせてあげよう。

 

「じゃぁ、私はこの世界の秘密を

もっともっと知りたいので、

それが叶うように祈っていただけますか?」

 

「ガッテン!」

 

~するとあろうことか

キリスト教会の礼拝堂で

で~っかい声で般若心経を唱え始め

そのあとで。。。

 

「こんなお経は演出ですわ。

早速本題のお祈りをば。。。」

 

~そういって虚空をニッコリ笑顔で

3秒ほど見つめたかと思うと。。。

「はい、完了!」

~え。。。!?

 

 

「いやぁ、演出は牧師さんには

意味ないと思って、

手っ取り早く祈っちゃいました」

 

~な、なんやこの軽薄さは!!!

 

「牧師さん、もしも牧師さんも

祈ったら叶う人になりたかったら

究極はない!と悟るといいでっせぇ」

 

「私たちは神が究極の存在と信じてます」

 

「ほんなら、キリストさんは神を

なんと表現してまっしゃろか?」

 

「神は愛なり」

 

「愛ってなんでっしゃろ?」

 

「関係性の在り方です」

 

「関係性を神というなら

関係性が無くなると神は消えるんでっしゃろか?」

 

「ん。。。」

 

「神が究極ってほんまでっか?」

 

「ん~。。。」

 

「究極がないということは

それによって作られたこの世界も

本当はおまへんねやわ。」

 

「はぁ。。。」

 

 

「全部、全部、幻でんねん。

分かりまっか?

どうせ幻やったら

楽しい幻を体験したいんですわ。

八十八か所全部回って

それがようやくわかりましてなぁ。

で、その幻は

思っただけで創れまんねやわぁ。

宿に泊まれんなって、

お大師さんの幻を呼んで

尋ねたんですわ

『最後の遍路宿はどこにしまひょ?』

ほんなら、この教会が目に入ったんでねぇ。

有難うさんでおましたぁ。」

 

~きっと、私はその時

目を鉄砲玉をくらった鳩のように

ぱちくりと見開いていたのでしょう。

 

「牧師さん、おもろい顔してまんなぁ」

 

そういって荷物をもって

教会を出ていきました。

 

出る最後にウィンクして一言

 

「ね? 祈り、叶ったよね?」

 

・・・この世界の秘密を

もっともっと知りたい・・・

 

 

後に、タロットを学ぶようになり

この人が語っていた内容が

密教の本質なのだと分かったのでした。

 

だから、カードを使って占うだけでなく

現世ご利益としての願いも叶えることが

できるのだと理解できました。

 

タロットは密教の一つの現われだったのだと

この人の話があったから分かりました。

 

それ以前から、そういえば

「神の沈黙」に悩んでいた時期がありました。

 

こんなにいい人がなぜ苦しむのか?

祈っても祈っても答えない「神」

いい加減疲れて、神に祈るのをやめて

願いをただ「夢想」していたら

叶うことがよくあって

「あの牧師さんに祈ってもらったら

何でも叶う」などと

ご近所さんの噂になったこともありました。

 

実際には祈っていたのではなく

ただ夢想していただけなのだが・・・

 

聖書の一説に

「あなた方は祈るとき、祈ったことは全て

もう叶ったものとして受け止めなさい」とある。

 

聖書のこの箇所を書いた人の

隔された「絶望」をつい感じてしまう。

 

絶対者としての神はいない。

 

「神」にあてがわれていた席は

昔も今も未来もずっと空席のまま

祈っても沈黙しかない。

 

願いが叶った人は

心のどこかでもうわかっているはず

「神ではなく自分の夢想がかなえたのだ」と。

 

つまり、幻なのだと。

 

幻である苦しみは幻で書き換えることができる。

 

そして死のまぎわ

本当に楽しい幻だったと笑って

「空」に還元されていくのだろう。

 

 

ならば、現状が「苦」でも

「楽」を夢想しながら、精一杯生きたいね。

おもろい!が一番。

 

 

 

矛盾だらけの人間

 

性善説か性悪説か。。。それが問題だ。

 

高校の倫理の授業の時に

教師がそう語ることを聴いて

頭の中には奇妙な違和感が蔓延した。

 

間髪入れずに教師は

「そんなあれかこれかが西洋人の発想だ」と

ニタニタと笑いながら語ってくれた。

 

 

今から振り返ると

おもしろい授業だったなと思う。

その時は退屈だったが・・・

 

「もともと善も悪も

両方あるのが人間だからねぇ」

 

教師の語る言葉を尻目に

隣の席では前に座っている者の背中に

油性マジックで落書きしてるし、

斜め前に座っている生徒などは

前回休んでいた隣の席の者に

前回のノートを見せてやってる。

 

それを眺めている自分の退屈した気分が、

その当時の自らの人間に対する

関心のなさを物語っていた。

 

 

高校の倫理の時間のことを

じわじわ思い出したのは、

子育てが始まってからだった。

 

どんなに親がしんどくて眠くても

赤ん坊はお腹が空いたら泣くし

おむつが汚れても泣くし

退屈しても泣くし

虫が顔に止まっても泣く。

 

ケアしてやると

もちろん泣き止む。

 

そんな中で、

ケアしてもらうのは

「当然」で、子どもの「権利」であると

学習していくのが人間なのだと

思い知らされた。

 

その感性のまま大人になって

世の中に物申して、

そして問題を抱えることになる。

 

人間はもともと

「傲慢」という名の星のもとに

生まれるのだと肚に落ちていった。

 

自分はだから傲慢なのだな。

 

その一方で

教えたわけでもないのに

人を気遣い、優しくしてやろうとする

そんな我が子を見ていて

「傲慢」さを醸造した同じ環境が

誰かを大切にする感性をも育んでいたのかと

感慨深く思うこともしばしばあった。

 

人間はもともと「優しさ」という星のもとに

生まれるのだと肚に落ちていった。

 

自分はだから優しさを持っているのだな。

 

ところが、3歳の我が子の一言が

これを覆してしまった。

自分のことを「ちゃん」付けの名前で言う

まだ幼い子どもの爆弾発言。

 

🌙

「あんなぁ、お腹の中に入るときなぁ

あかりちゃん(自分の名前)になるか

ほなみちゃんになるか迷ったんよ。」

 

🌙

半分ドギマギしながら聞いてみた

「どうして、あかりちゃんになろうって思ったん?」

 

すると・・・

「あかりちゃんになったらやさしくなれるから」

 

「ほなみちゃんではやさしくなれないの?」

 

「あかりちゃんが見てたほなみちゃんは

やさしくなかったんよ」

 

「あかりちゃんになる前はやさしくなかったの?」

 

「お腹の中に入る前はどっちでもなかったんよ」

 

「あかりちゃんになったからやさしくなれたの?」

 

「うん、神様が教えてくれたんよ。」

 

「神様と話したの?」

 

「うん、頭にいっぱいこぶがついた神様ぁ」

 

私が「もしかしてこれか」と思って写真を見せると

「これ。そっくり。」

 

それは奈良の大仏の写真だったんだが・・・

なんとなんと!

 

神様は、大仏!!!・・・え?

 

 

人格は生まれてからの体験で形成されるのか

生まれる前に予定として決めていたことなのか

どちらも大して変わらないことに気づいた。

 

何処から始めても人は成長していくのだから。

傲慢で無知で怠惰から人生のはじめを彩るのは

あかりちゃんも

ほなみちゃんも同じ。

 

そして選んだ人格へと成長していく。

 

 

もうすっかり

生まれる前の記憶を忘れてしまった我が子も

今や29歳。

 

頑張り屋さんで優しいからか

モテモテなんだが頼られてストレスをためている。

 

広告代理店で忙しく働いている。

そして、「しんどい」とこぼしながらも楽しそう。

 

「お客さんと接していたら

人間って矛盾だらけなんやっていつも思うわぁ」

などと語る。

 

そして私は応える。

 

「お前と話してたら

人間って矛盾だらけなんやなぁっていつも思うわぁ」

 

 

きめポーズで娘が言う「これでいいのだ!」

 

 

 

【赤塚不二夫の葬儀で

タモリが寄せた弔辞の抜粋】

 

 

~ あなたの考えは、

すべての出来事、存在を

あるがままに前向きに肯定し、

受け入れることです。

 

それによって人間は、

重苦しい意味の世界から解放され、

軽やかになり、

また時間は前後関係を絶ちはなたれて、

その時その場が異様に明るく感じられます。

 

この考えをあなたは

見事にひとことで言い表してます。

 

すなわち、『これでいいのだ』と。~

 

 

運命や人生といった情報を書き換えるなら

こうありたい。

 

 

どんな技を使っても

どんな占術ででも

とことん癒されても

変わらない変えられない

難しい案件が時々ある。

 

そんな時・・・

「これでいいのだ」と

もしクライアントと一緒に

肚に落とせたら・・・

「重苦しい意味の世界から

解放され、軽やかになり、

また時間は前後関係を絶ちはなたれて、

その時その場が

異様に明るく感じられ」る。

 

その時、リセットが起こる。

そして、再創造が起こる。

 

 

突き抜けた僧侶はそれを

 様々な修行や作法で習得し

 

真のヒーラー霊能者は

 神業的なトランス技術で引き起こし

 

卓越した占い師は占術を通して

 価値の転換や拡充によって

 

涅槃に至った聖人は

 圧倒的なあの世の臨場感をもって

 

そして超一流のお笑い芸人や漫画家は

 ギャグでこれをやってしまう。

タモリの弔辞の続き

 

~あなたはいまこの会場のどこか片隅で、

ちょっと高いところから、あぐらをかいて、

ひじをつき、ニコニコと眺めていることでしょう。

 

そして私に「おまえもお笑いやってるなら、

弔辞で笑わしてみろ」と

言ってるに違いありません。

 

あなたにとって死もひとつの

ギャグなのかもしれません。

 

私は人生で初めて読む弔辞があなたへのものとは、

夢想だにしませんでした。~

 

いったい誰が

この状況を「苦しみ」という意味にしたのだろう?

 

いったい誰が

このあり様を「悲しみ」という認識にしたのだろう?

 

いったい誰が

この現状を「欠乏」と考えているのだろう?

 

いったい誰が

この瞬間を「ネガティヴ」と定義したのだろう?

 

いったい誰が

この場を「涙で彩るべき時」と決めたのだろう?

 

 

出来事にあなたが自在に意味づけしていいのだ

 

目前のことを自分で認識を変えてもいいのだ

 

現状を満たされていると考えてもいいのだ

 

瞬間瞬間を肯定的に解釈してもいいのだ

 

今この場をギャグで満たしてもいいのだ

 

 

だから「これでいいのだ」

 

 

タモリの弔辞はこう締めくくられる。

 

~私もあなたの数多くの作品のひとつです。~

 

 

 

【師匠の教え】

 

 

人型占を教えてくれた師匠が一言

 

「善悪で判断して応えたらプロ失格です」

 

 

師匠の家族は全員早くに亡くなり

天涯孤独の身で生きてこられた。

 

「善悪ではなく、

ただ悲しい、ただ嬉しい、

ただ腹立たしい、ただ寂しい、

ただ楽しい。。。そしてただ幸せ。

人が感じる問題と解決は

理性が作り出した価値観や倫理の

内にあるのではなく、

どの感情を選択するかで決定されている。」

 

 

まだまだ子どものころ

母がたの祖父母の家に

預けられていた時があった。

 

その近所にあった八幡神社に

遊びに連れていってもらったものだった。

 

神社に行くと時々

賽銭箱をこじ開けようとしている

近所のおばあさんの「犯行現場」に

出くわすことがあった。

 

もちろんカギがかかっていて

開いた試しがなかったのだが、

性懲りもなく毎回賽銭箱を

こじ開けようとしているのだった。

 

近所の人や神主さん、

交番の警察官すら

それを目撃しても

見て見ぬふりをしているだけだった。

 

祖母がその人に声をかけた。

そして食事に誘った。

 

自分ちだって貧しくて明日のご飯も

事欠く始末だったのに

祖母は無理やりにでも

その人を引っ張っていき

食べたいだけ食べさせてやっていた。

 

小さい時の記憶だから忘れたことも多いが

そのおばぁさんの身の上話は記憶にある。

 

家族はいなかった。早くに死別していた。

天涯孤独の身。

その孤独に耐えられなくなって

ある日の朝、発狂してしまったという。

 

祖父母のいた村の人たちは

そのおばぁさんが哀れで仕方がなかった。

 

神社の賽銭箱に投げ入れるお金に紐をつけて

おばぁさんが取り出しやすいようにしてやったり

祖母のように食事に招いてやったり。。。

 

祖母がよく言っていた。

「この人がこうなる前に

もっと関わってやってたらよかったのになぁ。

かわいそうなことをしてしもうたなぁ」

 

祖父母と私とそのおばあさんで

一つのお膳を囲んで食べる都度

美味しい美味しいと涙を流しながら

私に向かって

「康太、生きとったんやなぁ。」

と、私の髪の毛がくしゃくしゃになるまで

頭を撫でまわしていた。

 

きっと昔、幼くして死んだ子供と

勘違いしているのだろう。

 

祖母に向かっては食後、毎回

「あ、おかぁさん、片づけは私がしますよってに」

と、不自由な足腰を奮い立たせて

動こうとする。

 

きっと昔、自分が若い時に亡くなった

姑への気遣いを再体験していたのだろう。

 

時々訪ねて来る叔父を見かけると

涙をポロポロ流して

「あんた、生きとったんやね。

なんで、はよ~に知らせてくれんかったんえ?」

と、毎回叔父の胸に取りすがって泣いていた。

 

昔死んだ夫の姿を叔父の上に見たのだろうと思う。

 

この人はどこの家に招かれても

同じことをしていた。

 

 

このおばぁさんがある日突然、正気に戻ったのは

亡くなる直前だった。

 

村の有志が集まって最期を看取ってやったのだが

その時に、この人の目には、はっきりと、

かつての家族がお迎えに来ていたのが見えて

そして声も聞こえていたようで、

 

「あんた、康太、義母さん

わても、やっとそっちに行っていいんやね。

そうか、そうやったんやね。

村の皆が養ってくれてたんやね。」

 

神社の神主さんに

「賽銭泥棒やったわてを赦してな。堪忍え。」

 

私の祖母には

「いっつも大事にしてくれておおきになぁ」

 

私には

「ボンはほんにやさしかったなぁ。おおきになぁ」

集まった一人一人に一言残して旅立っていった。

 

 

このおばぁさんと同じ天涯孤独の身の

師匠の言葉は、その時の出来事と響き合いながら

本当に肚に落ちてくるのだ。

 

「善悪で判断して応えたらプロ失格です。

善悪ではなく、

ただ悲しい、ただ嬉しい、

ただ腹立たしい、ただ寂しい、

ただ楽しい。。。そしてただ幸せ。

人が感じる問題と解決は

理性が作り出した価値観や倫理の

内にあるのではなく、

どの感情を選択するかで決定されている。」

 

 

【11年間笑ったことのない人】

 

一番の理解者だった兄と

頼もしい後ろ盾だった父親と

優しかった母を同時に亡くして

まだ中学に通う妹の面倒を見ることになって

それ以来11年間笑ったことが

一度としてなかった人がやってきた。

 

 

「先生、私は自分の人生を

生きちゃいけないんです。」

 

そんなことを言うこの人は

大学を中退してすぐに

中小企業に事務の仕事で勤め始め

どこにも持って行き場のない気持ちを

抱えたまま

1年に一回セッションを受けにやってくる。

 

 

「それ、一年前も言ってたよね。

妹さんは、もう独り立ちしたんでしょう?

次はあなたが自分の人生を生きなくちゃ。」

 

と、少々酷な話を振ってみた。

 

「だって、今更もう自分の人生なんて

歩みだすには遅いでしょう?」

 

「え、若干まだ31歳でそれ言う?

世の中には70代後半から

本格的に『自分の人生』を

生き始める人だっているのに?」

 

「えぇ!・・・」

 

 

戦後の激しい貧しさの中

必死に家族を食べさせるためだけに

身も心もボロボロになりながら働き

5人の子どもたちを無事育て上げて

所帯も持たせてやって

さぁやっと自分の生きたかった道を

目指しだした時には

70代後半だった人の話をしてあげた。

 

すなはち母方の祖父の話を。

 

 

祖父はあまりのあまりに背が低かったので

兵役を免除され、

何度か飛行機からの機銃掃射にあいながらも

その背の低さで物陰に小さくおさまって

隠れて生き延びていった人だった。

 

 

戦後はGHQの倉庫に忍び入っては

食料を失敬したりして家族を養った。

 

元忍者の里の者だったから、

ジョークのつもりか

 

「妖(あやかし)の術で煙に巻いて

缶詰をどっさりもらってきたもんよ。」

 

などと、まだ幼かった私に

「過去の栄光」の話を

誇らしげに語ってくれたりした。

 

 

けれど、私は近くの銭湯に行くたびに

祖父の体中にある傷跡を見て

その妖の術は

あまり功を奏したとは思わなかった。

 

 

一応平和の世ってものになってからも

祖父は、・・・と言うかこの村の男たちは

体にたくさんの傷を創りながら家族を養っていた。

 

そして子どもたちが独り立ちした後

もっと過酷な現実が立ちふさがった。

 

 

それまで「家族のために」と

自分はどんなにひどい目にあっても

家族を飢えさせることだけはすまいと

必死に耐えてきたために

その家族が独り立ちして

それぞれに所帯を持って出ていくと、

何をどうしていいか

分からなくなってしまったのだ。

 

半分ぐらいボケが始まっていた祖父は

幼かった私に向かってよく語っていた

 

「わしはどうこれから

生きていったらええんかのう~」

 

 

祖父はあるとき突然

釣り堀を経営することになった。

 

海に数十年ぶりに釣りに行って

何でも「全身が電気に感電したように痺れた」

のだとか。。。

 

 

それがヒットしたものの、

ある日釣り堀の管理のために

朝の定期的な見回りに向かう途中、

倒れて帰らぬ人となった。

 

釣り堀を見に行くのが

嬉しくって仕方がなかったそうだが、

その死に顔は嬉しそうに笑っていた。

 

祖母が優しい笑顔で

「82年間お疲れ様どしたなぁ」と

棺桶の中の祖父に語り掛けていた。

 

 

畳の上で死ねなかったことで

祖父の死を不幸な死と

悲しみまくっていた叔父や叔母や母を尻目に

近所のじいさんが大きな声で言ったものだった。

 

「アホ!不幸やない。

大好きな釣り堀に行く途中で倒れたんやで。

こないな祝福された死にざまは他にあるかぁ!

見てみい、あんたらのお父ちゃんは

こんなに嬉しそうに笑うとるやないか。

アホたれが~!!!」

 

 

 

11年間笑ったことのなかったこの人の

表情が心なしか笑っているかのように

見えたのは気のせいではなかった。

 

 

突然大きくほころび、

優しいくしゃくしゃの笑顔になった。

目から涙をこぼしながら。

 

何がヒットしたのかは分からないままだが

とにかく笑ってくれた。

 

「先生、私にとっての釣り堀を見つけます。

電気で感電したような痺れを探します。

きっとおじい様は、釣り堀そのものよりも

そこで釣り糸を垂れるお客さんたちが

魚ならぬ『夢』を吊り上げるのが

嬉しくてたまらなかったんじゃないかな。

なんかわかるような気がしました。」

 

 

その方の話すことを聴きながら

祖父が釣り堀に連れて行ってくれた時に

語ってくれていたことが急に思い出されて

私もくしゃくしゃの笑顔になって

目頭が熱くなっていくのを感じた。

 

 

「たかし、考えてもなぁ魚は釣れん。

気持ちが騒いでてもなぁやっぱり釣れん。

焦ったらなぁ、雑魚しか釣れん。

大きい魚はなぁ、じっくり感じて釣れるもんや。

夢はそうして吊り上げるんやで。

恵比寿はん抱いてはる大魚は特になぁ。」

 

じいちゃん、今それを一生懸命実践しながら

学んでいる真っ最中やで。

 

 

【優績者の彼女はⅦ「戦車」だったのか】

 

保険のネットワークビジネスで

かなりの成績を上げた過去のあるこの方は

事故で車椅子生活になっても、

安定的な収入を継続的に得ていた。

 

ソウルナンバーはⅦ「戦車」

「お仕事そのものからは完全撤退されていても

毎月数百万の収入が安定的に入ってくるなんて

相当に過去に成績を上げられていたのですね。

すごいことですね。」

 

 

服装も髪型も化粧も精悍な感じにキメて

インテリジェンスを感じさせる話し方を

淀みなくすることができるこの方は

時々・・・

 

「いえ、大したことはないですよ。

まぁ、一時的に一月に軽く9000万ほど

売り上げたことはありますが、

そんなそんな大した成績ではないですよ。」

 

と、謙虚さを演じながら

言葉の節々に自慢話をされたりします。

 

それもスマートな語り口で。

そんな人がいったいどんな問題を抱えて

私のようなもののところに

「相談」に来られたのだろうか?

 

「廣瀬先生のことを友人から紹介されて

ちょっとお話してみたかっただけなのです。」

 

ニコニコ話されるその方に

私もニコニコ笑い返しながら

瞳の奥をぐっとのぞき込むと

怯えを感じ取りました。

 

そのとたんにその方は視線を右斜め上に躍らせます。

 

Ⅶ「戦車」がソウルナンバーの方は

スマートにキメたいのです。

 

過去の成績だって

血のにじむ努力をしていたはずです。

けれど、そんな汗くさい話などしたくないのです。

スマートにキメたいのです。

 

努力やストレスや涙や怖れを感じた日々を

知られたくないから、

心の中にしまい込まれたものを

覗かれるような雰囲気が苦手なのです。

 

「先生にはお見通しなのですね。」

 

・・・別に見通していたわけではないのだが

勝手にそう受け取られるこの方

 

「実は、過去に加入してくださった会員様が

高齢化し、亡くなられたり、

失業して保険の支払いが滞ったりする方が

かなり増えてきたのです。

当然、コミッションも少なくなっていきますし

この目減りしていくペースを考えると

10年後私が70になるころには

月20万ほどになる計算なのです。」

 

「では、ご隠居生活というわけにはいきませんねぇ。」

 

「主人と事故で死別したのが27の時でしたから

子育てのためにも何とか収入を得なければと

保険の仕事を始めて・・・

あ、こんな重い話なんて・・・ごめんなさい。」

 

「重くない話の方なんておられませんよ。」

 

「・・・先生、私はこの先どうしたらいいのでしょう?」

 

 

出た~!

これまで安穏と暮らしていたために

考える力が退化してしまった人が、

急に苦境に陥ったとたんに

出してくるお題はほぼこれ。

 

丸投げの問い。

 

でも、そんなものなのです。

それを担うのが私たちのお仕事。

タロットに訊いてみました。

 

      (過去) (現在) (未来)

「皇帝R」「13R」「戦車R」「女帝R」

「悪魔」 「恋人」 「力」  「斎王」

 

 

・・・ん~、これは。。。

 

「お連れ合いの方(ⅡⅡ「皇帝」)は

亡くなられた(名前のない「13」)時、

その原因はご自分自身にあった(倒立)のでしょうか?」

 

「そうです。

自らの運転ミスで事故になり亡くなりました。」

 

「そのことで一家の収入が途絶え、

あなたが保険のNWB(ⅩⅤ「悪魔」、Ⅵ「恋人」)

で成績を上げる(ⅩⅤ「悪魔」)ことで

その苦境を乗り越えてこられたのですね。

そのままが過去のカードに出ているようですね。」

 

「怖いぐらいにそのまま出てくるのですね。」

 

「けれどあなたも、

のちにまた交通事故(Ⅶ「戦車R」)になり

車椅子生活となって今に続くのですね。

このままの目減りしていく収入を放置していると

先々の見通しが立たなくなる(Ⅲ「女帝R」)ので

今まで考えたこともなかったようなことに

挑戦(Ⅺ「力」)してみませんか?」

 

「え、この歳になってまたひと働きするのですか?

もう長く働いてこなかったので、それにこの体なので

何をどうやっていけばいいのか・・・」

 

「それは過去のデータ(Ⅱ「斎王」)

の中にありますよ。

もしかして、優績者として頑張っておられた時の

メモとか残っていませんか?」

 

「押し入れの中にしまい込んでいます。

あんなものが役に立つのですか?」

 

「用いるデータは過去の記録でも

それを用いて行うビジネスは

あなたが取り組まなかった新しい展開です。

電動式車椅子生活であっても

手と口は動きますよね?」

 

「え、ええ、動かないのはみぞおちより下ですから。」

 

「ならば、リソースは過去データと

まだ動かせる頭と口と手ですね。」

 

「???」

 

この方の現在の肩書は

「営業コンサルタント」です。

 

会員制の継続的サポートを

柱とするお仕事をしています。

完全に紹介制の会員システムを敷いていて

会員の方の紹介がなければ

参加できないようになっています。

 

 

月3万円の会費を払う約200人の会員に

毎週届く営業戦略が記された「レター」は

この方が血のにじむ努力でつかんだ

過去の営業記録を時代に合わせて

アレンジした内容になっています。

 

けれど、それを相変わらず

「血のにじむ努力でつかんだ」部分はカットして

涼やかに表現するものだから

会員からは「天才」「カリスマ」と受け取られています。

 

毎月会員のもとに届く会報には

この方ならではの言葉が記されています。

 

「過去の栄光にしがみつくのでなく

過去の栄光に至るまでに体験した宝を

未来の栄光のために生かしていこう!」

 

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こんな気づきのお手伝い

 

人生書き換えガイド、廣瀬隆司

 

牧師、心療内科付きカウンセラー

占い師、ヒーラーとして

延べ33年間1万人以上の悩みに応え、

願いの実現を導いてきた。

 

6つの占い技術と

8つの癒しの技を駆使して

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