昨日もまた眠剤なしで眠れた。当たり前のことだろうが自分にとっては誇らしいくらいだ。昨日は16年前に亡くなった祖母のことを思い出していた。75歳で他界するまで20余年重度のリウマチと膠原病で車いすとベッドで寝たきりの生活を強いられてきた。僕は当時10代後半~20代前半だったが祖母のシモの世話までしていてよくお見舞いや介護に行った。大好きな祖母だった。亡くなったのは祖父が肝臓癌で亡くなった時から1年も経って無くて、突然肺炎で亡くなった。しかも、書ける範囲で書くとその年はそれ以外にも3人、20代の僕の親しい友人知人が他界した最悪の年だった。お通夜お葬式の時には5分に1回泣いていた。バレたくないのでその都度トイレに行って泣いた。僕の鬱病は後天的なモノがゆえに「抗鬱剤」が効かない。じゃあどうすれば良いか?というと「良い想い出を創って行きましょう」ということなのだが、そんなことが続いて悪い悪夢の想い出しか増えて来なかったので僕の後天的な鬱病は悪化の一途を辿るだけだった。残された数少ない自分の人生の「前向き」かつ「生産的」なことは自然と音楽を書くことだけになっていった。それが暗く重い作品なのは自分のコントロールの及ばないところだけど。でも実にまっとうな吐け口ではある、と思う。純粋にカタルシスを感じることも最近は多い。