1.

先日、テレビに中央線中野が出てきた。

それを見ていて思い出したことがあったので、

今日はそのお話をひとつ。


私は昔、

中野ブロードウェイの近くに住んでいたことがある。

皆さんも良くご存じのとおり、

中野駅を降りて中野ブロードウェイを突っ切ると、

右手約1時(30度)の方向に

道路を隔てて喫茶店があった。


当時、私は

ロック雑誌ローリングストーン

の編集部にいたガールフレンドと

そこで待ち合わせるのが常だった。


ある日のある夕方のこと、

ドアが開いたのでそちらを見ると、

青雲の志を抱いて上京したばかりという雰囲気の

鄙びた青年が入ってきた。


ああ上野駅という昔の歌に、

どこかに故郷の香りを乗せて

という一節がありますが、

どこかに、というよりは、

肩から胸から頭から、

そこいら中に故郷の香りを乗せている

ような青年でした。


私は思わず読んでいた文庫本を置いて、

彼がまき散らすどこかの故郷の香りに

うっとりと浸りましたよ。


ちょうど

読んでいたのが石川啄木の短歌集だった

せいもあったかもしれない。

停車場の訛りなつかし云々・・・・・

(このあたり、明らかに話を盛ってます)


で、

その青雲青年。

遠慮勝ちにソファの席に座ると、

注文を取りにきたママに、

「ライム・ジュースください」

と一言。


[つづく]