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映画「鳥」の撮影のとき、監督のヒッチコックは本物の鳥の足をしばり、メラニー役のティッピ・ヘドレンに近づけた。金髪の美女が鳥につつかれる危険よりも リアリティーを優先した。

ティッピ・ヘドレンも怖かったでしょうが、鳥も怖かったでしょうね。なにしろ 地球上で最も獰猛な動物、人間が大勢そばにいるんですから。

自衛のために鳥はクチバシを使った。彼女は目の下を鳥に突っつかれて出血し、 半狂乱になったそうです。

鳥や魚は自衛のために敵の目を攻撃します。ライオンのように水牛の背骨でさえ へし折ることができる腕力はない。一閃して頸動脈を断ち切る牙もない。だから 危険な相手を無力化するために目を狙う。

ティッピ・ヘドレンを突っついた鳥は本気で目を狙った。彼女が目の下を怪我するだけで済んだのは幸運だった。

公園の鳩は人間を敵だと思ってませんからね。子供が近寄ってもまず大丈夫でしょう。でも鳩が増えすぎるのはどうか
。病原菌を媒介しますからね。鶏イ ンフルエンザもそうです。鳩の糞の問題もある。糞害です。

東京都もさすがに鳩の糞害にフンガイしているようだ。でも役所の反応はご多分に洩れず、ニブイ。

まっ、そういう話は置いといて。





「鳥」の公開は1963年。ヒッチコックが64才の時です。1899年生まれですからね 。彼は19世紀人だ。ティッピ・ヘドレンは1931年生まれ。「鳥」の公開のときは 32才です。

ティッピ・ヘドレンの映画人生は短くて長い。「鳥」、「マーニー」で主演した あと、マーロン・ブランドとソフィア・ローレンが共演した「伯爵夫人」でチョ イ役。あとはエトセトラだ。「伯爵夫人」はチャップリンが監督し、自身が出演していない唯一のカラー映画ですね。

長いのは何故か。娘がメラニー・グリフィスだからです。母娘を合わせると十分に長い映画人生だ。

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モデルとして活躍し、テレビ・コマーシャルに出ていたティ ッピ・ヘドレンはヒッチコックに見出され、「鳥」の主役に抜擢される。彼女は 離婚していた。

娘のメラニー・グリフィスは1957年生まれですから、「鳥」のクランクインの時 は6才か7才ですね。

「鳥」でティッピ・ヘドレンが演じた社長令嬢の名はメラニーだった。

一生に一度になるかも知れない映画の主役。その記念に娘の名を使わせてほしいとティッピ・ヘドレンが頼ん だのか。そのへんの事情はわかりませんが、偶然の一致とは思えない。ヒッチコ ックのティッピへのサービスではなかったか。



メラニー・グリフィス

ヒッチコックは金髪女性に目がないことで有名だった。映画監督としての評価を高めた「下宿屋」以降、たいていのヒロインが金髪です。ティッピ・ヘドレンが金髪でなければ「鳥」の主役を射止めることはできなかったでしょうね。




「鳥」が興行的に大成功を収めて、ヒッチコックは翌年、「マーニー」の撮影に 入る。このとき、ある出来事が起こる。有名な話だ。以下はヒッチコックの伝記からの抜粋です:

「そしてついにことは起きた。(1964年)2月末のある日、ヒッチコックは僅かに残っていた威厳と分別をすべてかなぐり捨てたのだ。

一日の撮影が終わってヘドレンと二人きりで彼女の控え室にいたとき、彼はあからさまに性的な関係を要求した。それまで彼女は、彼のこのような言動を無視す るか、適当に受け流していた。だがこのときはそんなふうにごまかすわけにはい かなかった。ヒッチコックがこのような大胆なふるまいにでたのは、生涯ではじ めてだった--ヘドレンを激しい鳥の攻撃にさらすというような残酷な行為がは じめてだったのと同じだ。

そのときまでヘドレンとスタッフは、このような事件が起こらないうちに撮影がすめば、みなが感じていた緊張はすぐにとけると思っていた。ところがヒッチコ ックはその前に醜悪な結末をつけてしまったのだ。彼女は驚き、動揺したが、彼は執拗にくいさがり、やがて脅迫めいたことまでいいだした。(中略) しかし ヘドレンにとっては、こうした仕打ちを受けるほうが彼の要求をのむよりはまだましだった。」

ハリウッドの帝王が権力に物を言わせて金髪の美女に迫った。65才の老いた男と女盛りの33才のブロンド。

ちなみに、唐の玄宗皇帝が楊貴妃を見初めたのは61才のときです。楊貴妃は27才 だった。

唐の皇帝なら天帝に代わって地上を治める絶対の天子ですが、ハリウッドの帝王は虚構の肩書だった。ヒッチコックはティッピ・ヘドレンに拒絶される。 [続く]