千閣乃公園の人々/園客列伝の3 『チャンカチャンカの徳さん』


5.

徳さんは私を待ち構えていた。


山桜の下を右にカーブした私の自転車を目にした瞬間、徳さんはしゃがんでラジカセのスイッチを入れる。実に静かな、しかし確信に満ちたその手つき。今でも鮮やかに瞼の裏に浮かんできます。


途端、染井吉野の樹の下からチャンカチャンカという阿波踊りのメロディとリズムが轟音のように飛び出した。もう、時限爆弾のスイッチが入ったようなもんです。


ちょうど徳さんの前を通りすぎるところだった犬は、カワイソーに、前足をコテッと折ってツンノメル。毛だらけの顎を小石にぶつける。お腹を上に向けて四肢をケイレンさせる。オバサンは雷に打たれたように髪を逆立て硬直して立ちすくむ。北極ではシロクマが氷の角に頭をぶつけてざぶんと海に転落し、南極ではペンギンがあの羽で空に飛び上がる。


鵜の真似をする烏という諺がありますが、空を飛んだペンギンの目撃者の話だと、その姿はさながらトビウオの真似をするトロガツオのようだったそうです。


日本中で4人の私の読者の方。ここに私が書いてることがすべて事実だと考える必要はありませんが、それくらいの衝撃が公園の一角に走った。そう思ってください。


予備知識がなければ、知らずにいれば、私も自転車からドテッと転げ落ちるところだった。幸いなことに私にはシブヤさんから仕入れた情報があった。事前の準備があった。心の用意をしていた。だからチャンカチャンカの轟音には驚かなかった。


驚いたのは、チャンカチャンカと共に始まった徳さんのパフォーマンスです。死んだら驚いたという丹波さんの名言がありますが、生きてたらオドロイタ。まさに百聞は一見に如かず、見ると聞くとは大違いだった。[次回で完]



園客列伝の1,2デモナイ君,パン中野さん ( 6 )