千閣乃公園の人々/園客列伝の3 『チャンカチャンカの徳さん』


2.

シブヤさんは粋人です。夜祭りで有名な秩父には馴染みの芸者がいる。夜祭の日には宵宮で軽く一杯やったあと、江戸情緒の残った宿に河岸を変えて夜通し飲む。さしつさされつで夜を明かす。それが20年も続いてるそうです。去年のお盆は京都にいって船宿に泊まり、年増の芸妓をあげて大文字焼きを楽しんだ。左手には今も芸妓の膝の感触が残ってると言っておりました。そういうわけで、とにかく京都とか江戸というコトバには目がない。


秩父の夜祭


そんなシブヤさんがこないだ、小江戸と呼ばれている町に遊びにいった。雑踏の中を歩いていると、ふとどこかで聞いたようなメロディが聞こえてくる。メロディというかお囃子というか。チャンカチャンカという軽やかな響きが耳朶を打つ。鼓膜を震わせる。


ん? これはもしや。

思ってシブヤさんが人込みをかき分けて近づくと、そこにいたのはヤッパリのあの人。ひとり阿波踊りおじさんだった。


狂ったようなひと踊りが終わったところを見計らって近づいたシブヤさん。

「あんた、こんなとこでも踊ってるんかい?」

聞くと、

「あっ、どうも。お久しぶりです。先日はどうも」

ひとり阿波踊りおじさん。ペコペコとひとしきり恐縮の態だったそうです。


実はシブヤさんはひとり阿波踊りおじさんの目撃者というだけではなく、親しく会話を交わす仲でもあった。

「どういうわけか公園を歩いてるとああいうのによく声をかけられるんだよ。かけられるのが肥えじゃなくて声だからいいんだけどさぁ」

とシブヤさん。


恐縮してリュックサックを背負(しょ)った背中をしきりに折り曲げるひとり阿波踊りおじさんを、シブヤさんはこう言って諭したそうです。

「近頃見かけないと思ったらこんなとこで浮気してたんかい。駄目だよう。あんたの本拠地を忘れちゃァ。千閣乃公園には、あんたに会いたい、一目でいいから見たいって人だっているんだから」[続く]

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