娘が旅だって2年に成りました。
自分の好きなように自由に40年を、親にしてみれば
短すぎる一生を過ぎて行ってしまいました。
あまり人の意見を聞かずヒラヒラと思うがままに飛び回るような娘で、
三人姉妹の中では、なんだか父親の私に一番似ていた気がします。
そんな娘がある日、
・・お父さん、私ガンにかかったの。
返す言葉が出てこずに見つめていると、
・・でね、抗がん剤とか嫌なのよ、毒でしょあれ・・
・・でね、自然療法でいこうと思うの・・どう思う?。
今まで私に相談など数える位しかしない子でした。
病院には相談しているんだろう?、ドクターは何て?
・・病院では切除と抗がん剤治療としか言わないんだよ・・
それが一般的だし、乳がんは治癒率も高いんだろうから。
・・でも、抗がん剤がどうしても嫌なのよ・・
自然療法って死ぬ確率の方がずっと高いと思うけど、それでも嫌なのか?
・・うん・・
もっと生きたいとは思わないのか?
・・ダメだったら仕方ないでしょ・・
簡単にいうと、だいたいこんな会話だったでしょうか。
その後担当医とも話をしましたが、
「聞いてくれません、お父さんのほうから何とか説得して・・・」
死ぬことになっても、嫌なものはいや・・
母親は泣いて説得したようですが、聞きませんでした。
自ままに生きて来た娘ですから、最後まで好きにさせたい・・・
そう思うしかなかったのです。
そして五年後の梅雨時、連絡が来て車で5時間かけて病院に行ったのは
入院して一週間も過ぎた時でした。
娘は自分が入院していよいよダメと云う時まで親に心配をかけたくなかったようです。
季節がら、その日も小雨が降っていました。
その緩和ケアの病室の前は小さな庭になっていて、ベットから見えるようになっていました。
そこに紫陽花が雨に打たれながら綺麗な青の花を咲かせていたのです。
紫陽花が綺麗に咲いてるね。
と私が言うと、
・・えっどこに?・・
ほら、庭のあそこに咲いてるじゃないか。
・・あっほんとだ・・
となりに黄色い実を付けた木があるね。
・・あれ、食べられるなら食べてみたいな~・・
いや~あれは食べられそうもないね~。
・・そうか~・・
一週間も庭に顔を向けながら、娘は何を見ていたのでしょうか。
花の事も、何やら実を付けた小さな木の事も、雨が降っている事も、
たぶん何も見てはいなかったのでしょう。
病院で治療していたらどうなっていただろうね、
愚問と百も承知でしたが私は聞かずにはいられませんでした。
・・わからない・・
娘はそう答えました。
紫陽花はこの時期は山のどこにも見られる普通の花です。
それまではお客さんに「あぁ~紫陽花ですか。この辺りのはエゾアジサイといって・・・」
と、何のためらいも有りませんでしたが、
今では、紫陽花を説明するのに少し悲しい思いがこもる花になりました。
さて、その二年後、今度は私自身がガンになるのですが、
それは又の機会にとしましょう。

