私は20歳まで実家にお世話になっていました。


田舎が嫌で、実家が嫌で(父が嫌で😅)
(いや、ホントは自分のことが嫌だっただけなんですが)
就職を決め上京し実家から離れました。


それから30年

いろいろな経験をし、
父や母とも和解し
(両親に本音を言えるようになり、素直に甘えたり感謝したりと、表現できるようになった)


両親や過去の私を反映させていた
夫や子どもたちとも
心を開いて安心して交流できるようになるにつれ


だいぶ自分とも繋がれるようになり
自分を受け入れられるようになっていきました。





そうして、
かつて私が突き付けた
たくさんのNOがひっくり返り
全部がYESだったと気付けるようになっていきました。



大好きだったのに、
大好きだからこそ、
思い通りにならない苛立ちから
NO!と、駄々をこねていたのが


私の勘違いだと気付いて
私の思い込みだったと分かったら


嫌われてなかった
愛されていた
悪くなかった


なーんだ〜〜!!
んもうっ!
みんなごめーん、私ごめーんって(笑)



今は、かつてのNOの権化だったw
田舎・故郷が大きなYESマル◯になって
今では離れたくないと思うまでになりました。






昨日までは
このまま、都会の生活とはサヨナラしようと
思っていました。


でも、一夜明けて思ったのは


今度は、実家を離れて30年余りを過ごした、
私を鍛え育んでくれた都会にYESをする番なんじゃないか?って。


このままじゃ
かつて、自分の思い通りにならないからと
背を向けた故郷と同じになるんじゃないかと。


それじゃ、何も変わってないんじゃないかと。


もちろん、豊かな自然に恵まれた
ここが好き。
私がこれから生きるビジョンは
都会でよりも田舎にある。


でも、その前に
ちゃんと落とし前(こわ)を
付けるべきじゃないかと。


都会を悪者のような位置付けにしたまま
去るのはどうか?って。


都会も田舎も何も悪くないのに、
私が自分都合で勝手に
悪者にしたり、
はたまた良いものにしたりしてさ。


それこそ、正に自分がつくった世界じゃないか。




田舎の良さに気付けたのは
都会の生活があったから


都会の良さに気付けたのもまた
田舎の生活があったから


両側を体験できた私は
とっても幸せだったと気付いたじゃないか。



外の世界に向かって
あれが良くて
これが悪い

と言っている間はまだ

自分に向かって
こんな所は好きだけど
こんな所は嫌いだから
受け入れられない

と、言っているのと同じだなと。



私が体験したくてわざわざつくった世界に
ちゃんと感謝しよう。

私がまだ気付いていない面に目を向けて
歪んだ認識を戻そう。


私がつくりだした世界をちゃんと回収しよう。


そう思った!(子どもかw






これって、今のコロナ騒ぎや、
これから起こりうる様々な一見NOに見える
大変革のための出来事にも通じるはず。


全ては良くなるために起こっていて、
偏りを戻すために起こっている。


その偏りも、体験したかったからこそ
自分が起こしてきたものたちだから。



さあ、いま私がやるべきことを
ひとつひとつやって行こう!


これから帰りまーす!