先生が

子どもたちの
「心」
に光を当てると

トゲトゲした空気がなくなって
フカフカした毎日になる。



先生が

子どもたちの
「行動」
に光を当てると

トゲトゲしたケンカが増えて
ギスギスした毎日になる。



私は
子どもたちの「心」を観ることが大好きだった。




保育士はとてもいい仕事だと感じていた。
自分に合っていると思っていた。





なのに


なぜだかよく身体を壊した。






充実していたのにもかかわらず。ね。




はて。
さて。
なぜ。






その理由は


バカバカしいほど単純で


笑っちゃうほど滑稽なことだった。





それは


自分が
自分の
「行動」
に光を当てていたから。



自分の「心」に光を当てていなかったから。



自分の「心」を置いてけぼりにしてたから。


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体からのお知らせは結構深刻で


胸の腫瘍は10㎝になっていた。



最終の細胞検査まで進んでいきながら

これまで自分が開けてこなかった心の扉が

どんどん開かれていった。




家族のこと
夫婦のこと
子育てのこと
仕事のこと



そして
自分という存在のこと。





もう、やるしかないよね。

もう、観るしかないよね。自分の「心」を。




だってこれまでの保育士生活の中で

「心」に光を当てれば、

いかに人が開いていくかは、

疑いようのないほど証明済みなんだから。



なんで自分にそれをやってこなかったかなあ。



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外ばかりフカフカにしようとしていた私は
順番が逆だった。

そりゃあ、身体も壊すよね。


自分の「心」に盲目過ぎたわ。




なにをさておき、自分なんだよね。







自分の心がフカフカになること。




そうしたら、
なんのテクニックもいらないんだよ。


ただ、先生がそこに存在するだけで


子どもたちとの生活はフカフカになっていくから。



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ようやく自分の「心」に光を当て始めた私。




2年前 10㎝だった腫瘍。 


今は5㎜。




もうじき消えようとしています。




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自分の「心」に光を当てると


冷たく凍っていたモノが


ゆっくりと解けはじめる。




強くに握りしめていたモノ


ぎゅっと力を入れて守っていたモノ


怖くて見たくなかったモノ



こういうものの誤解が解けていく。




そして めぐり出す。




その経過と連動して

私の腫瘍は

解けていくように

小さくなっていった。


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