ついに今日で
ガラケーとお別れ…


でもスマホにはせず
ガラホにします


機種変してもアメブロにちゃんと来れるかな?


色々不安だけど…



昨日は祖母の四十九日


初七日から始まり

四十九まで7回の法要があり

祖母が亡くなったショックや悲しみが1週間ごとに不思議と軽くなっていった

祖母への供養とともに
そうなっていく自分に


仏教とは凄い宗教だなと改めて感じた




今回祖母の死で色々と感じたことを
もう少し書きたいと思う



大切な人との別れに関して
必ずしもみんなが同じ心境とは限らない

親、子、孫、義理の親
などなど

当たり前だが
親戚だとしても人それぞれ立場が違う


もう1つ違うと感じたことは

「同居していたかどうか」




思い入れは孫のオレよりも

子であるはずの叔父や叔母の方が圧倒的に大きいはずである

と思っていた



ちょっと違ったように感じた


祖母の生活用品も含め遺品の整理をしているときに感じたことだ


主に叔母たちが
亡くなったときまで使っていた服や布団や物など

洗ったり捨てたりを躊躇なくしていた


その日の朝まで生きて話して動いていた祖母を見ていた自分にとっては
まさか死ぬはずがないと思っていた

それをついさっきまで使っていたものを躊躇なく片付けていく様を見て

喪失感を更に増大させられたように感じたのだ


ついさっきまで祖母が寝ていた布団や服に祖母のぬくもりを求め
泣きじゃくったりするのかと思っていたりもした


まだそのときは祖母の亡骸はあったにしても


使っていたものを淡々と整理していく叔母たちに違和感を感じずにはいられなかった


このようなことは四十九日の法要が終わったあとにもあった


使わない

いらない

さっぱりした方が祖母も喜ぶ



それらのことを言われたが

捨てるかどうかは同居人が判断するものなのではないか

同居人の思い入れは半端ではないんだなと自分自身感じた


祖母が亡くなった

ただそれだけで
家の中は変わってほしくない
祖母が生きていた跡がいきなり無くなることの喪失感はとてつもない


第三者から見れば
ゴミと同じなのか


同居していないと生活の一部ではなかったから思い入れも少ないし関係ないのだろう


そうとしか思えなかった


同居人が
月日とともに亡くなったことを受け入れ
処分するもの・しないものを判断し心を落ち着けていくのも大切なことではないか

少なくともオレはそうしたい


病床についてて
少しずつ死に向かっていくのとではまるで違う

交通事故や殺人事件で子を殺された親は

子の部屋をその日のままに
何10年も保存していく心境が痛いほど理解できる



同居していないと
そうはならないのだろう



誰にも相談できず
四十九日が終わっても

ずっとモヤモヤしている…



祖母は今なにを思っているだろう


亡くなる前の夜


映画
おくりびとを見たいと
オレに言ってきた

途中までだが
祖母は見ていた

祖母が好きな映画だったが
DVDが見つからないと祖母に言っても
見たい見たいと珍しく言い
探しだしてまで見たいと言っていた祖母はなにを思っていたのだろう





お骨になった日は
祖母の誕生日だった


祖母はその日に逝きたかったのか


仏教的にはものすごい徳を持っていたとしか思えない

凄いよ
ばぁさん



病床についたり介護が必要になったりして
迷惑はかけたくない

と常々言っていた祖母は

有言実行した


凄いよ
ばぁさん


今日は
朝から日差しが強く

この時期にしては暑い朝だった

祖母は昨年の暮れ

ふくらはぎを肉離れしてからというもの
家からはほとんど出なくなり
家の中での生活が主で

冬には役場の補助で
手すりを玄関や廊下や浴室につけてもらった


4月に入り
肉離れが治り
少しずつ外へ行けるようになってきた




今日
朝から
家庭菜園のビニールハウス内で野菜の苗を植えていた

中は強い日差しの影響で
高温


倒れていた祖母を昼すぎに発見

すぐに抱き抱え
ハウスの外へ運んだ

口から軽い嘔吐

体は熱く

固くなりはじめていた

数時間前に倒れたようだった

心臓マッサージをしたが

祖母は目を覚まさない



パニック







病院の先生に来てもらい
確認してもらった










生涯現役

畑で人生を終えた





オレは祖母に育てられたようなもの


恩はこの20数年で返せただろうか


1年でも長く生きてほしい
ただそれだけだった



心の支えでもあった祖母


これからは自分で頑張らなくてはならない


うちの家を
貧乏暮らしから70年以上支えた祖母

しっかりと後を引き継ぎたい



30年振りに祖父のもとへ…
しっかりと送り出す











ありがとう