68年前の8月15日。。。

太平洋戦争が終焉した日。。。

この国では、戦争は行われてませんが、世の中ではまだ争いが。。。

戦争はなくても、おかしな事件が多く、果たしてこれはホンマに平和な世の中なのか?という気持ちもありますが。。。

亡くなられた多くの御英霊に御冥福をお祈りして、平安を願いたい。。。





夕方のニュースを見てたら、最近は福山空襲について習わないのだとか。。。

なんだかなぁ・・・な気分。。。

福山大空襲(ウィキペディア)

原爆の事もですが、この事も勉強しなおさんとな、と。。。。
いやはや・・・

暑すぎん????

な天気が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか( ´艸`)

熱中症にならんようにお気を付けください。。。

日は空きましたが、8月4日MUSIC FACTORYにての地元のパイセンバンド、AXXELATIONさんの10周年ライブにてOAさせていただきました。。。

関係者各位、足を運んでいただいたお客様、本当にありがとうございました!

AKI-NO-SORA
Drセットが2台、圧巻じゃね。。。

AKI-NO-SORA
個人的にgdgdな事があったり、あったりで。。。

イラチに気付かれた方いらしたら誠に申し訳ありませんm(..)m。。。

この後、本編AXXELATIONさんでした。。。

新旧メンバー入り乱れて(笑)。。。

昔のメンバーでの演奏で聞くと、なんだか懐かしい気分じゃったわ∼。。。

途中のセッションで。。。
AKI-NO-SORA
!!!!
パートチェンジタイムにてドラマーデビューwww

ちなみに曲は”WILD ANTHEM”でした。。。

拙いDrでお茶を濁すも(笑)、褒められて有頂天( ´艸`)

これで気持ちも持ち直し。。。

で、結果オーライでしたε=ε=ε= ヾ(*~▽~)ノ

懐かしい顔に会えたり、会いたい人に会えたり。。。

予想外で心臓が0.2秒止まったり(笑)・・・不整脈ちゃうで(σ・∀・)σ

だったりラジバンダリで。。。←いまさら(汗)


ほんと充実の1日でした。。。

某所ではアップしましたが、4分の3天衝、雷符、魅羅、せんちゅり。。。
$AKI-NO-SORA
実は奥の方に某Vo、S氏もねwww

前の記事でも触れましたが、僕はSIX STRING SCREAMIN’での活動はこれで最後だったのです。。。

今まで関わった皆様、大変お世話になりました。。。

僕以外の3人は、続けていくと思いますので(バンド名はわかりませんが)、その際には宜しくお願い致しますm(_ _ )m

僕自身は、・・・まぁ気長に考える時間はないかもですが(汗)、なんしかやるかもということで。。。

ホンマありがとうございました!m(_ _ )m
今日も暑い日になりました。

68年目の「原爆の日」。実際に体験された方は年々少なくなり、伝えることも難しくなってきている、とここの所言われてきてます。

それだけの年月が経ったということですが、一瞬でもいいので平和について考える切っ掛けの日にしていただければ。

広島県に生まれた者として、そういう日であると後世に伝えていくことも使命なのかも。


平和宣言

「あの日」から68年目の朝が巡ってきました。1945年8月6日午前8時15分、一発の原子爆弾によりその全てを消し去られた家族がいます。「無事、男の子を出産して、家族みんなで祝っているちょうどその時、原爆が炸裂(さくれつ)。無情にも喜びと希望が、新しい『生命(いのち)』とともに一瞬にして消え去ってしまいました。」

幼くして家族を奪われ、辛うじて生き延びた原爆孤児がいます。苦難と孤独、病に耐えながら生き、生涯を通じ家族を持てず、孤老となった被爆者。「生きていてよかったと思うことは一度もなかった。」と長年にわたる塗炭(とたん)の苦しみを振り返り、深い傷跡は今も消えることはありません。

生後8か月で被爆し、差別や偏見に苦しめられた女性もいます。その女性は結婚はしたものの1か月後、被爆者健康手帳を持っていることを知った途端、優しかった義母に「『あんたー、被爆しとるんねー、被爆した嫁はいらん、すぐ出て行けー。』と離婚させられました。」放射線の恐怖は、時に、人間の醜さや残忍さを引き出し、謂(いわ)れのない風評によって、結婚や就職、出産という人生の節目節目で、多くの被爆者を苦しめてきました。

無差別に罪もない多くの市民の命を奪い、人々の人生をも一変させ、また、終生にわたり心身を苛(さいな)み続ける原爆は、非人道兵器の極みであり「絶対悪」です。原爆の地獄を知る被爆者は、その「絶対悪」に挑んできています。

辛く厳しい境遇の中で、被爆者は、怒りや憎しみ、悲しみなど様々な感情と葛藤(かっとう)し続けてきました。後障害に苦しみ、「健康が欲しい。人並みの健康を下さい。」と何度も涙する中で、自らが悲惨な体験をしたからこそ、ほかの誰も「私のような残酷な目にあわせてはならない。」と考えるようになってきました。被爆当時14歳の男性は訴えます。「地球を愛し、人々を愛する気持ちを世界の人々が共有するならば戦争を避けることは決して夢ではない。」

被爆者は平均年齢が78歳を超えた今も、平和への思いを訴え続け、世界の人々が、その思いを共有し、進むべき道を正しく選択するよう願っています。私たちは苦しみや悲しみを乗り越えてきた多くの被爆者の願いに応え、核兵器廃絶に取り組むための原動力とならねばなりません。

そのために、広島市は、平和市長会議を構成する5,700を超える加盟都市とともに、国連や志を同じくするNGOなどと連携して、2020年までの核兵器廃絶をめざし、核兵器禁止条約の早期実現に全力を尽くします。

世界の為政者の皆さん、いつまで、疑心暗鬼に陥っているのですか。威嚇によって国の安全を守り続けることができると思っているのですか。広島を訪れ、被爆者の思いに接し、過去にとらわれず人類の未来を見据えて、信頼と対話に基づく安全保障体制への転換を決断すべきではないですか。ヒロシマは、日本国憲法が掲げる崇高な平和主義を体現する地であると同時に、人類の進むべき道を示す地でもあります。また、北東アジアの平和と安定を考えるとき、北朝鮮の非核化と北東アジアにおける非核兵器地帯の創設に向けた関係国の更なる努力が不可欠です。

今、核兵器の非人道性を踏まえ、その廃絶を訴える国が着実に増加してきています。また、米国のオバマ大統領は核兵器の追加削減交渉をロシアに呼び掛け、核軍縮の決意を表明しました。そうした中、日本政府が進めているインドとの原子力協定交渉は、良好な経済関係の構築に役立つとしても、核兵器を廃絶する上では障害となりかねません。ヒロシマは、日本政府が核兵器廃絶をめざす国々との連携を強化することを求めます。そして、来年春に広島で開催される「軍縮・不拡散イニシアティブ」外相会合においては、NPT体制の堅持・強化を先導する役割を果たしていただきたい。また、国内外の被爆者の高齢化は着実に進んでいます。被爆者や黒い雨体験者の実態に応じた支援策の充実や「黒い雨降雨地域」の拡大を引き続き要請します。

この夏も、東日本では大震災や原発事故の影響に苦しみながら故郷の再生に向けた懸命な努力が続いています。復興の困難を知る広島市民は被災者の皆さんの思いに寄り添い、応援し続けます。そして、日本政府が国民の暮らしと安全を最優先にした責任あるエネルギー政策を早期に構築し、実行することを強く求めます。

私たちは、改めてここに68年間の先人の努力に思いを致し、「絶対悪」である核兵器の廃絶と平和な世界の実現に向け力を尽くすことを誓い、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げます。



平成25年(2013年)8月6日

広島市長 松井 一實


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どうぞ安らかに。。。