八重の桜
残すところ、あと1話です。
最終回が迫ってきました
その前に今日の八重。。。
今回も別れの話となりました。
ついに
山本覚馬にも死が訪れた。
八重にとって新しい道を切り開いていってくれた兄
覚馬は二度と会津の地を踏むことはなかった。
山川家が会津に何が起きたかを残そうとしているため
京都で何が起きたかをきいたとき
覚馬は会津にも薩摩にも長州にも義はあったと…
そして会津は忠義に縛られ過ぎた
引き返す道もあったはずだといった
それを聞き捨てならないと山川は怒るけど
あの戦いを乗り越えてきた会津の人たちは当然そんな言いかたは間違ってる。
亡くなっていった人たちが報われないと思う訳で…
でも京都で明治を迎え、時代が変わり
薩摩や長州たちと関わっていくと
当時のことが客観的に見えてきたからそういったんじゃないかなと思った。
日清戦争が起きようとしてるのに何もできないもどかしさ。
「国を失う痛みは会津が一番よく知っている」
「人間の知恵や知識で戦が避けられないのなら学問など無駄なのか…」と
同志社の卒業式のとき
卒業生に向けていう言葉が印象的だった。
「諸君は学業を終えそれぞれの仕事に就かれる。
どうか弱いものを守る盾となってください。
かつて私は会津藩士として戦い、京の町を焼き、故郷の会津を失いました。
そのつぐないの道は半ばです。
今、世界が力を競い合い、日本は戦に向けて動き出しました。
どうか聖書の一節を心に深く刻んでください。
その剣を打ちかえて鋤となし、その槍を打ちかえて鎌となし
国は国に向かいて剣をあげず…」
「二度と再び戦う事を学ばない」
「諸君は一国の、世界の良心であってください。
いかなる力にもその知識であらがい道を切り開いてください。」
「それが身をもって戦を知る私の願いです」
泣ける…
すごく泣いた…
会津人だから言える言葉かもしれない。
次回は最終回、是非ご覧下さい。
会津人の心を教えてくれてありがとう。
いつの日も花は咲く
(12月15日 20:00~)