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貼りたい衝動に駆られてるが、残してるギターが高いものばかりなので躊躇している。


あー、人前で歌いたい。路上で歌うか。






やらないけど。
自分がその局面に置かれないと、わからないことがたくさんある。


一連の災害で愛する人を亡くしたり、家を失ったりした人の痛みに関して同情はできるけど、その方々たちとの温度差は計り知れないものがある。



ぶっちゃけ、知らない誰かの訃報よりも己の愛犬が亡くなった悲しみのほうがはるかに深い。


そこで、僕は逡巡する。


心に澱のようにたまったもやもやしたものを消化する手立てがない。


起こりえない状況に陥って、被害者ではないが傍観者でもない状況で戸惑っている自分がいる。
うーん、難しいね。


ほぼ日常に戻ってる自分の環境で何不自由なく生活するのに罪悪を少し感じてる瞬間がままある。



そういった本当に局面に立たされた被害者な人たちに僕はかける言葉がみつからない。
どんな言葉も陳腐になると思う。ただただ、見守るしかないと思う。


しかし、ある日厚い雲の切れ間から除く太陽のようなふとした瞬間が悲しみに暮れる人に訪れたとき、僕は思い切り手を広げて歓迎の意思表示をするしかない。




ブログを通じて、知り合った人たちに被災された人たちがいる、かなり交流があった人、ブログは読んでるけどあまり交流はなかったけどシンパシーを感じてた人、そういった人たちがすこしづつブログに復活してきてたりして、直接言葉はかけられないけれど、僕は安堵している。そして応援してる。



人間は弱いけど、強い。負けるけど、立ち上がる。

ハロー、ハロー大丈夫だぜ。


と笑って言える日が早くくればいい。