「なんでもできる」は「何にもできない」と同じこと。
これは大学生の頃に言われた言葉だけど、近ごろ身に沁みてわかるようになってきた。
極論を言うと、大体の場面での「なんでも」は「なんにも」と置き換えられる気がする。
例えば、面接での質疑。
面接官「弊社に入社したら何がやりたいですか?」
応募者「なんでもやりたいです」
↓
この場合、応募者の回答は明らかにNG!
本当に「なんでもやりたい」と思っていても、具体的な仕事をいくつか挙げないと「調査不足」や「興味がない」と思われかねない。
よって、面接官にとっては、「入社したくない=なんにもやりたくない」ととられかねない。
あとは、恋人同士の会話で
彼女「私のどこが好き?」
彼氏「キミのことならなんでも好きだよ」
↓
これも何だかなぁ。。。
こういう言い方が好きな人もいるかもしれないけれど。
私は、「なんでも好き」って「考えるのが面倒くさい」→「好きじゃない」と思えてしまう。
・・・と、この例が合うかどうかはわからないのだけど。
「なんでもできる」も、器用に色んなことをこなせても、結局「これ!」といった飛びぬけたものがないようにも感じる。
いわゆる器用貧乏、というやつですね。
ところで、ネットで調べたら、「サマルトリアの王子」って出てきて笑えた…w
確かに何でも器用にこなすね。
あとは、日本人の多くも「器用貧乏」だと出てきた。
自分で言うのも難だけど、私は、昔からわりと器用に色んなことをこなすタイプだった。
なので、タイトルの言葉を言った人は、それを忠告するつもりだったんだと思う。
ジェネラリストだ~
と言えば聞こえはいいけれど、仕事が細分化・専門化していく中で、これって結局は何の特技もないことなんじゃないかとも思うのです。
だって、細分化・専門化してくると、それぞれに得意な人がいて、その人にはかなわないじゃないですか。
そうなると、やっぱり自分の武器になるようなものが欲しいと思うんです。
(サッカーの長谷部選手がキャプテンシーとリーダーシップでチームを引っ張るように)
脱・器用貧乏したいんです。
さて、どうすればいいんだろう。
これも、私の今後の課題になりそうです。
