佐久間象山
さくましょうざん
さくまぞうざんとも読む。思想家および教育者として、勝海舟や吉田松陰に大きな影響を与えた。 若い頃は朱子学を学んでいたが、藩主・真田幸貫の命令により洋学研究の担当となる。佐久間象山は西洋兵学を入り口に、西洋学問の第一人者となり日本初の指示電信機による電信を行ったほか、ガラスの製造や地震予知器の開発まで成功させる。 ペリー来航時は攘夷論を主張していたが、のちに和親開国論者に立場をかえる。 その後、幕府の命令により上洛。当時上洛していた徳川慶喜に公武合体と開国の必要性を説くことになるのだが、これにより京都に潜伏していた尊王攘夷派に目をつけられることとなる。 1864年8月、幕末四大人斬りのひとり河上彦斎らの手により暗殺される。
佐久間 象山は、江戸時代後期の松代藩士、兵学者・朱子学者・思想家。松代三山の一人。通称は修理、諱は国忠、のちに啓、字は子迪、後に子明と称した。位階は贈正四位。象山神社の祭神。象山神社の隣が生家で、長野県の史跡に指定されている。
佐久間象山は松代藩の下級武士として生まれました。佐久間象山は早くから開国論者であり、教え子には、勝海舟、坂本龍馬、吉田松陰等がいました。
↑引用文。
真田宝物館見学に昨年行きましたが、時間がなくて象山神社や象山記念館には行けなかった。
松代大本営の見学もしたかったけど・・・
皆神山にも登りたかったし。
おととしの「真田丸」をみて 真田昌幸の後ろに「白山大権現」の掛け軸が気になって仕方がなかった。
真田家はきっと あの土地を守るために 生かされたのでは?
長野県上田市の 「生島足島神社」は ご本殿が大地、自然そのもの。
日本のへそにある神社。
昨年、たまたま 足を運びましたが 必然だったのかもしれない。
生島足島神社 - Wikipedia


