親父の話をします。

とてもワガママで派手好きで見栄っ張りで謙虚さのカケラもない人でした。
ファミレスに行っては立て膝でご飯を食べ、
帰り際に料理に文句を言い、
酒好きでいつもウイスキーの水割りを飲んでは酔っ払い、自分や爺ちゃんの過去の自慢話をする。

僕はそんな親父がキライでした。
ついでにウイスキーも嫌いでした。


親父はかつて車の板金屋さんを経営していましたが、うまくいかなくなり倒産させてペンキ屋さんになりました。
倒産した原因は謙虚さが無かったせいなんじゃないかなぁと思っていました。

ただ、そんな親父でしたが、
性格は明るく人が集まる席が大好きでしてた。
正月には実家に親戚が集まり毎年お祭り騒ぎでした。
叔父や叔母は僕ら兄弟に沢山お年玉をくれ、大勢の従兄弟達と遊びました。
それは僕も毎年楽しみにしていました。

そして毎年温泉旅行に連れて行ってくれました。
自分が1番楽しんでいましたが。

月に一回は焼肉に連れて行ってくれました。
たまに給食費は遅れていましたが。

そんな親父は僕が中学くらいの頃、
酔っ払いながら、
『世界を周る男になれ!』と言った事がありました。
僕はフーンと大して興味もなく聞いていました。



そんな親父が先週逝きました。


派手好きな親父には似合わない、
雨の日曜日でした。


僕ら一族は昔から、
お通夜で盛り上がると言う文化がありました。
ただ僕は、故人の失敗談で盛り上がり、飲み過ぎては粗相をするその文化がちょっと苦手でした。
と言うかちょっと嫌でした。
でも結構な歳になった今。
それもイイかなと思いだしていました。


そんな中、
兄や妹、従兄姉達の尽力のお陰で、
無事先週の金曜日親父のお通夜を迎えました。
そのお通夜の夜は、
まさに一族の伝統そのままに、
故人の失敗談その他で盛り上がる、
爆笑に次ぐ爆笑と、
ほんの少ししんみりした話をするイイ夜でした。


その夜、
僕と兄は、
ほんの少ししんみりと、
こんな話をしていました。

『葬儀場でお坊様が仏教のお経八万字を一字で表すと【恩】ですって言ってたけどさ。
親父とはなんだかんだあったけど、
嫌だった思い出はどうでもよくなって、
今はそれこそ【恩】しかないなぁ』と。


そしてみんな完全なる睡眠不足(一部二日酔い)な翌日、
告別式を迎えました。


その葬儀の前、
僕ら兄弟と仲良くさせていただいている従兄姉達で決めている事がありました。

それは、
しんみりした事が嫌いな親父のために

『笑って送り出そう』

と言う事でした。

でもその約束は守れませんでした。

告別式の日、喪主である兄が挨拶をしました。
ワガママでも、自慢話が多くても、なんだかんだあっても、会社が倒産後厳しい状況が続く中、僕ら兄弟を必死で育ててくれた親父に感謝を示す、我が兄ながらとてもイイ挨拶でした。
ですが、兄は途中で声を詰まらせました。
泣いていました。
その様子を見て、僕もウルッと来てしまいました。

その後出棺。
僕は親父の頭をペシペシやって、
鼻の穴に指を突っ込み、
そっちは飲み放題だからいくらでもウイスキー飲んだらイイよと言いました。
そしてお通夜の朝に書いた親父の名前の一字【善】と言う字を棺に入れました。

葬儀には予想以上の人数の方が弔問に訪れてくださいました。

ある親戚がこう言ってくれました。

『君達兄弟は色々な大変さもあったでしょうが、俺はあの自由さが大好きでした。』と。

親父は僕ら兄弟が思うより、
意外と多くの人に愛されていたのかも知れません。

良かったな父ちゃん。


火葬され、
骨になってちっちゃくなった親父は今、
兄の家で居候です。
折を見て、
故郷の島の、
海が見えるお墓に収まる予定です。
海が好きだった親父もきっと喜んでくれる事でしょう。


そう言えば、
僕と親父との最後の会話は正月明け。
お世話になっている高齢者施設を訪ねた時でした。

親父の最後のセリフは

『サバの缶詰買ってきてくれないか?』

でした。

サバの缶詰は親父の好物です。
ですが、肺気腫だった親父はその時水分不足で唾液がうまく出ず、食べ物がまともに食べられない状態で、施設で出される食事も残す有り様でした。

僕は、

『馬鹿な事言ってないで、
ちゃんと水分とって出された御飯ちゃんと食べろよ。』

と言いました。

訃報を聞いた夜、
死んじゃうならサバ缶食わせてあげれば良かったなぁなんて思いました。

ですが今はこう思います。
僕はこの先、
スーパーやコンビニでサバ缶を見かけるたびに親父の事を思い出すのでしょう。

人は忘れられた時に本当に死ぬと言います。

だとすれば、サバ缶を見かけるたびに親父を思い出すのは、それも1つの親孝行かもなぁなんて。

そしてかつて親父が世界をまわれと言った事。
それに応えたいなぁとも。
僕はどこかで、親父に認められたいなんて思いがあるのかも知れませんね。


改めまして。
生前父がお世話になった方々、
出逢っていただいた方々、
訃報に触れお気遣いいただいた方々、
本当にありがとうございました。
そしてワガママ故に御迷惑をおかけした方々、大変申し訳ありませんでした。

兄、妹、従兄姉達、葬儀の段取りその他手続きお疲れ様でした。
そしてありがとう。
今回、やっぱり人は一人じゃ生きていけないなぁと身に染みて感じました。



父ちゃん聞こえますか?

葬儀が終わって少し落ち着いた今、
あれほどワガママだったあなたの振る舞いが、
なんだか愛おしくてたまりません。

父ちゃん聞こえますか?

今これを書きながら、
なんだか涙が止まりません。

不思議なもんです。

そして父ちゃん。
お陰様で俺は今幸せで、
これからもっともっと幸せになります。
それを思うと、
あなたの息子で、
良かったのかも知れないなと、
感じ始めています。



日髙善次郎  享年83歳

人生お楽しみ様でした。